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happyeverafter34 34.
それから一週間。
長い長い一週間だった。
ふらりと戻ってきた類。
聞けば、ボランティアに汗を流していたそうな。
桜子も滋さんも、優紀も。
西門さんも、美作さんも・・・どれだけ心配したと思ってんの?
腱鞘炎になるくらいメール打って、死体があがったって聞いたら、一応、確認して。
本当は私の方が、よっぽど、『消えてしまいたい!!!』って落ち込んでたのに、実際に類が消えちゃったから、全くそれどころじゃなくなった。
朝から真相を聞き出すために類を取り囲むらしく、私も連れてかれた。
直接、顔を見るのは、道明寺の再会パーティー以来で緊張する。
「おい、類。
今日はちゃんと説明してもらおうか?」
「だから、言ったでしょ。
山にボランティアしに行ってきたって。」
気が抜けるほど、飄々としたいつもの類が戻ってる。
安心したけど複雑。
「山ってなんだよ。」
「木こり。」
首をグルグル回しながら、類が眠たげに答える。
「環境保全のボランティアだってさ。
間伐したり、木槌をふり落としたりして、結構な力仕事だったよ。」
「お前、そんなことに興味あったんか?」
「いいでしょ、別に。」
「んじゃ、家の人にも内緒で行ったのはどういうことですか?」
桜子がイライラした口調で聞いた。
「うん、俺、連絡するの忘れてた。」
「「「「はあ~っ???」」」
「もう、知らない、気が抜けた!
類くんも、つくしも、それに、司だって電話に全然出ないし。
もう三人とも勝手にやって!って感じだよ。」
そう言って、滋さんは床に両足を伸ばして座り込んだ。
「道明寺さんとは?」
桜子がすかさず聞いた。
「司?うん、会ったよ。」
「「「「・・・・。」」」」
「思い切り、殴ってきた。俺、殴られっぱなしだったからね。」
へっ・・・!!??
「んで、また、ボコボコニ殴られて、おしまい。」
「「「「「・・・・。」」」」」
皆、事の真相がよくわからないといった感じで、身をのりだして聞いていた。
そりゃ、私たちの三角関係がどうなるのかも気が気じゃないよね。
そうだよね、ずっと見守ってくれた皆には私も言わなきゃならないことがある。
類の騒動で、パーティーの後日談はお預け状態のままだ。
驚かせたし、がっかりもさせて、きっと、心配してくれてるから。
「滋さん、ごめんなさい。
皆も・・・こないだの折角のパーティーを台無しにしてごめん。
でも、皆に隠していた事なんて何もないよ。
あれから、道明寺と話せたの。
嫌いになったわけじゃないし、裏切ってたつもりなんて一つも無かったけど、ただ、類が大事な気持ちは変わらない。
このまま道明寺との婚約を続けるわけはいかないって思ったの。
解消してもらった。
報告しておくね。」
「で、司は了解したんか?」
「・・・、少なくても、ちゃんと聞いてくれた。」
「やっぱり残念です。
わがまま通されて、道明寺さんがかわいそう。」
「まっ、結局は二人の問題だろ。
当事者でない俺らが口出し出来ることって、まあ、囃し立てることくらいだしな。」
「だからって、類さんと付き合いをするって、どうなんですか?」
「桜子、お前、自分の事は棚に上げてよく言うぜ。」
「私はいいんです。牧野先輩だから、応援してたのに。」
「ちょっと待って、類とは友達。これからも、ずっと!」
「なんだ、それ。訳わかんねえ。」
類の視線をバチリと受け止めて、しばらく無言で見つめ返す。
道明寺邸ではどんな話をしたのだろう?
それに、山?って・・・。パンッ♪
私と類が見つめ合うのを、手拍子でプチっと切断したのは西門さん。
「お前ら・・・久しぶりだからって、そんなに乳繰り合うな!」
「はっ?・・・そんなことしてないでしょうが、西門さん!」
「なーんか、そう見えるんだな。
まあ、男と女がくっつくの離れるのって、ついて回ることだし。
どうしようもない事もある。
とにかく、俺らは見守るとするか。」
「けど、司、NYで暴れてるんじゃないか?」
「まっ、今度、様子見てこようぜ。どうせ、暇だし。」
「牧野、久しぶり。」
突然、類がお馴染みのニコリと優しい微笑みを口元に浮かべた。
ギョ。
「うん、久しぶり。」
「だよね、元気だった?」
そして、また、ほほ笑む。
なんだかスッキリしたように見えるのは気のせい?
「元気なわけないじゃん。でも、ちゃんとしてるよ。」
「うん、元気みたいだ。」
いっぱい聞きたいことがあったけど、ホッとしたから、嫌な質問はお預けにしようと思った。「あ~、お腹すいた。」
「じゃ、気分転換に軽井沢の別荘でも行くか?」
「いいねえ~、ニッシー、そのアイデア賛成!!
行こうよ、皆で。」
「俺、行かない。
親父に自宅で謹慎しろって言われてる。」
「マジ??ハハハッ・・・謹慎処分って、中坊か??ハッハハハ、笑える。」
西門さんはお腹を抱え笑っている。
類もバツが悪そうに、唇を尖らせて拗ねているみたい。
悪いことをして類がお父さんに怒られるなんて、すごいレアな事なんだと思う。
でも、ちゃんと叱ってくれるお父さんなんだね。
良かった。
いいお父さんみたいで、本当に良かった。
「ねえ、じゃあさ、私、何か作ってあげるよ。
類、悪いけど、台所を少し貸してもらえるように頼んでくれない?」
「いいけど。」
「庶民食か?」
「っさい!黙って待ってな。」
結局、ホットプレートを借りて、類の部屋でお好み焼きを作ることにした。
臭いが付くから嫌だという類を黙らせたのは、私じゃなくて、滋さん達。
一度、そんなことをやってみたかったそうだ。
家のお手伝いさん達も、楽しそうに道具を運んでくれた。
「すみません、お手数をおかけして。」
「類さまがこんなに楽しいお友達をお持ちだとは知りませんでした。
あまりお話をして下さらないので。
最近は大きくなってしまって、どんなお友達がいらっしゃるのかと心配しておりました。」
類がそのお手伝いさんを、ジロリと睨んだ。
「ホホホ・・、類さま、申し訳ありません。
つい、おしゃべりが過ぎましたね。」
お手伝いさんの中に、年齢は40代後半くらい。
一人だけがエプロンの柄が真っ白じゃなくて、オレンジのお花がいっぱいプリントされたものをしている人がいて、嬉しげにそう答えてくれた。
きっと類の身の回りの世話をずっとしてくれている人なんだろう。
お母さんがいない類にとって、ひょっとしたら、この人は一番お母さんに近い存在なのかもしれない。
「良かったら、一緒に食べませんか?
類も了解してますし、ねっ!そうだよね、類?」
そう言って、類に同意を求めた。
「いいえ、いいえ、とんでもない。
まだ、他の仕事も残っていますし、失礼します。
牧野さま、有難うございます。
この家にこんな日がくるなんて。」
どうみても、その人は目をウルウルさせている。
「また、是非いらしくださいませね。」
リアクションに対し、モゴモゴと恐縮しているうちに、お手伝いさんたちは皆、下がってしまった。
「あ~あ、類のこと、色々と聞こうと思ったのに残念。」
またもや、ムスッとしている類。
「さあ、焼きまくるよ!」
私はグッと袖をまくりあげて、気合を入れた。
つづくPR -
happyeverafter33 33.
外に出ると、雨が土砂降りになっていた。
道明寺のお母さんに、優紀と和也くんの実家まで目をつけられて、心をちぎられる思いで別れを告げたあの日と同じ、冷たい雨。
ずぶ濡れになりながら、黒いフェンス横を小走りで歩いて帰った。
家に着くと、急いで自分の部屋のカーテンを閉め、携帯の電源を切り、ベッドにもぐりこむ。
まだ昼前だというのに、外は暗くて私にはちょうど良かった。
頭の中は、道明寺との思い出が次からぐ次へと廻って来る。
英徳高校時代、そりゃ、辛いことがいっぱいあったけど、道明寺と出会えて幸せもいっぱいもらって、皆と笑った思い出が走馬灯のように浮かぶ。
全ての外界と距離を置きたかった。
自己嫌悪の塊にどっぷりとはまって、こんな自分を見たくないし許せない。
いや、許すまい。
普通の恋愛をする資格は、私にはもうないよね。
一生独身で尼のように毎日すごせたら、この罪悪感も少しは薄らぐかもしれないけれど。
類も道明寺もいないところで、腰が曲がるまで過ごすに値する。
別の男を好きになるなんて、サイテー浮気女のすることだと思ってた。
そんなサイテーな自分に吐き気さえする。
道明寺のあの苦しげな声色と悲しげな瞳。
ごめん、本当にごめん。
道明寺が好きで好きで・・・なのに、自分の勝手で一方的に傷つけた。
こんなことになるなんて。
『もう消えてしまいたい。』部屋にこもって4日目。
その間、進が何度も呼びに来たから、誰かから連絡があったようだけど、居留守をきめこんで誰ともコンタクトをとらずに過ごした。
けれども、いつまでもそうしている訳も行かず、携帯の電源を入れた。
何十件ものメッセージと留守電。
ほとんどがF4とT3から。
類と道明寺を除いて。
ずらりと並んだ差出名を見て、またオフにした。
重い足取りで登校した。
こんな日に限って、大学前の並木道で西門さんと美作さんに会ってしまう、ひどく因果な運命。
どんな顔して話していいのだか。
けれども、戸惑う間もなく、手を挙げて近づいてきた二人の勢いに自然と足が止まった。
「おおおお~、まきの~。お前、返信しろよな!!!生きてたのか??」
「で、類は?司は?」
「何があった??」
「はん??」
駆け込むように聞いてきたのは美作さんだ。
思わず、仏頂面でジロリと睨んだけど・・・えっ、ちょっと待って、今、なんて言った?
「お前、類と連絡とったか?」
「知、知らないけど、・・・何?」
顔を見合わせる二人。
「牧野、あれから司んとこ行ったろ?」
無言で頷いた。
「んだろ。そん時、類とも会ったか?」
無言で首を振った。
会ってないもんは会ってない。
「とすると、行き違いか。」
「みたいだな。でも、あいつら二人は会ったんだろ。」
「どういうこと?類が道明寺の家に一人で行ったの?」
「司んとこに牧野が拉致られたのを知って、類も行ったんだよ、司ん家。
でも、お前は居なかった。」
「うん、類は見てない。
ってか、別に拉致られたってわけじゃないよ。」
「まさか、司、逆上して、類を殺(や)ったんじゃないだろうな。」
「おい、総二郎、変なこと口にするな。
とにかく、類のやつ、自宅に連絡もなくずっと行方不明のままでさ。
ついに、昨日、親父さんが警察に捜索願いを出したんだ。」
ビックリして口がふさがらなかった。
「お前、本当に知らないのか?連絡は一度もしてない?」
慌てて携帯を引っ張り出して、オンにする。
「っケ・・・。こいつ、俺のメールをスルーしてやがった。」
確認したけど、やはり、並ぶのは類と道明寺<以外>の名前ばかり。
「やっぱ、連絡は来てない。道明寺からもないよ。
どういうこと?何があったの、二人でまた喧嘩したの?
ねえ、道明寺には類は会えたの?で、何か言ってた?」
「それが、もう日本にはいないらしくて、そこのところは俺らも聞けてない。
どういうわけか、司は拒否ってやがる。」
「牧野からの電話ならとるかもしれないぜ。かけてみろよ。」
「えっ?道明寺に?」
そろって頷く二人。
「ムリ!!」
今は、道明寺との関係どころのムードでもない。
でも、でも、ムリだ。
「薄情なやつだな、類の命がかかってんだぞ。」
「やだ、冗談でもそんな物騒なこと言わないで。」
「貸してみろ。代わりにかけてやる。」
携帯を奪われて、アドレス帳からどっかに電話をかけている。
長い呼び出し音がここまで聞こえるけれども、キャッチする音は聞こえない。
「ダメだ。」
「じゃ、次は、類!」
「おう。」
また電話をかけるけれども、応答なしみたい。
もう、どういうこと?
つづく -
happyeverafter32 32.
翌朝は明け方から雨が降っていて、その雨音で目が冴えてしまう。
家を出ると、家の前に一台の黒光りする長い車。
運転席のドアが開き、パっと大きな黒い傘が広がると、出てきた運転手さんにうやうやしくお辞儀をされた。
「牧野さま、お早うございます。司様がご自宅でお待ちです。
どうぞお乗りください。」
急遽、今日の授業はキャンセルだ。
通されたのは、主(あるじ)の戻った東側の角部屋で、あの懐かしいベッドやソファーはちっとも変わっていなくて、スリリングに過ごした日々が嫌でも脳裏に浮かんだ。
ただ、デスクの向こうで誰かとずっとウェブ会話している道明寺は、相手の出方を辛坊強く待つ合間をとるビジネスマンで、そこだけ書き換えが必要だった。
威圧的で高飛車な話し方はそこには無く、鉄の女、道明寺のお母さんとはまた違う仕事が出来る感じがする。
どんな相手とどんな話なのか私にはさっぱりわからない。
そして、道明寺が本当に仕事をこなせてるのかも、正直わからない。
なかなか切り上げられないのだろう。
会話しながらも、私に向かって人差し指を上げ、配慮を見せる道明寺。
顔色一つ変えないんだね。
でも、それで少しだけ緊張が取れた。
怒り心頭で、冷静に話せるのか不安でいっぱいだったから。
もう、この仕事が当たり前の作業で、日常のように自然で、今更ながらずいぶんと社会人が板について見えてくる。
私は笑顔を作り、身体を反転させた。
部屋の壁を眺める。
昔、先輩の指導のもと、磨いた覚えのある置時計。
そうそう、キャビネットに入った高そうなエアプレインの模型も覚えてる。
道明寺邸のこの部屋は、とてもなつかしい。
あの頃と同じ部屋。
眼をつぶれば、道明寺の熱い瞳にドギマギした日々が昨日のことのように思い出される。
でも、現実は・・・昨日の夜、類の鮮血と道明寺の拳を見て、本当に人生最悪の夜を過ごしたばかり。
学生の身分に守られた類も私も、社会に対してまだまだ子供で許される。
道明寺だけが早くに行った事情も仕方なくて、こうなったのはホントに仕方なかったのか。
もし、私が一緒にNYへ行ってたら?
何度も自問した問いの答えは、いつもあの選択は間違ってなかったと。
「遠距離恋愛大丈夫?」、誰かに聞かれて初めて気づくほど、私たちには何の障壁にならない自信があったはず。
強い思いがあって、疑わない二人の未来があったのはずなのに。
どうすればいいの?
「牧野、待たせてすまない。」
道明寺がすぐ横に立っていた。
「朝飯食ったか?」
「うん。」
身長185センチ。
高いところからじっと見下ろされ、しばらくお互い見つめ合っていた。
きれいな野獣という印象はそのままに、優しくなったその瞳は落ち着きはらっていて、一つの欠点もないような容姿の男。
おもむろに道明寺の腕が伸びてきて、すっぽりと腕の中で抱きしめられた。
道明寺のコロンの香りだ。
大きな、大きなため息と、優しく頭をなでる大きな掌の重み。
なんども夢見たことが現実に起きている。
「牧野・・・。」
懐かしく響く道明寺の声。
胸から伝わる振動は何度も覚えのある暖かいもので、何よりの幸福を感じる場所だった。
忘れた訳ではいない。
けど、なのに、胸がひどく痛む。
胸からも、眼からも、鼻からも、あらゆる触れた所から、剣山を突き刺されたようなピリピリとした痛みを感じる。
言葉にする前から痛みに胸をしめつけられて、涙が出そうになってくる。
「あの、・・・あのね。」
「昨日は俺が悪かった!どうかしてたんだと思う。」
「えっ・・・?」
「反省した、類にも謝る。」
「謝るって・・・あんた。」
「仲直りしたかったら、謝るもんだろ。」
「一番、苦手な事でしょ?
いや、そういう事じゃなくて、あの・・・さ、道明・・っ」
「・・・っさい。」
すると、これ以上聞かないとばかりに、道明寺は私の耳に熱い息を落とし、そのまま首筋を咥える込むように野性的なキスをする。
面食らう。
そのキスは、耳元へ、頬へ、どんどん場所を移し、ついには私の唇を飲み込んでいく。
離さないとばかりの包み込むような大きなキス。
大切に愛おしむような温くて。
道明寺の体温が私の身体にダイレクトに伝わって、足がその場から生えてきたようにビクとも動かなくなった。
道明寺の舌先は止まらず、簡単にこじ開けられて、追いつめられて、とうとう逃げ場を失うと、わけわからないうちに肩から力が抜けてしまう。
眩暈がしそうな熱いキスに額のあたりでヒリヒリとした警告を感じた瞬間だった。
キスが止まる。
唇が離れて、私を見つめる道明寺の眼差しと交差した。
「お前、なんで泣いてる?」
「えっ?」
あわてて頬に手をあてると、確かに涙がつたっていた。
「ヤダっ、なんでだろ・・・。」
「そんなに嫌か?」
道明寺の瞳は怒っているようには見えない。
「わ・わかんないよ。
でも、多分、あんたのせいじゃない。」
「・・・。」
早く!!早く、とにかく、言わなきゃ。
ハッキリ言わなきゃ。
正気なうちに言葉にしておかなきゃ。
でも、焦って言おうとする側から、涙が堰をきったように溢れ出して邪魔をする。
どうにも止まらなくて、声も出せなくて、顔もあげられなくなって。
でも、どうしても言葉で伝えなきゃダメ。
眼をつぶって思い切って声を出す。
「聞いて!道明寺、私・・・私ね、
今は・・・類が一番大事なの。」
一瞬、道明寺の腕の力が強くなった気がした。
けれど、目をあけると、静かに覗き込む道明寺の顔がすぐ目の前にある。
「だとしても。」
空を切るような乾いた声に、目を見開いて見つめ返した。
「・・・前もそうだったろ、お前はめっぽう類に弱いからな。
でも、必ず俺のところに戻ってくる、お前と俺は結ばれる運命だろが。」
「違うの。
あんたはずっと先に行っちゃって、あたし、未来が見えなくなってるんだよ。」
道明寺の両手が私の両肩をグッと掴んだ。
「なあ、牧野、一緒にNY行かねえか?
すぐに結婚とは言わねえ、まだゆっくりと学生気分を味わいてえだろ?
向こうの大学に入って、好きなように勉強続けろよ。」
日本での事は全て目をつぶるってこと?
もう頭ごなしに怒鳴ったり、押し付けたりしないんだね、道明寺。
頭ではわかっている、答えはイエスというべきだって。
二人の未来を選ぶなら、最善な答えだと。
なのに、イエスと言えない性分がわかってるでしょ。
「ごめん、出来ないよ、類を置いていけない。
こんな気持ちで道明寺といられない、婚約は白紙に戻して、お願い。」
道明寺のこめかみが一瞬ピキっと動く。
黙りこくったかと思うと、少し怖い顔して口を開いた。
「ついて来い。」
王様が家来に命令するように、断ることなど微塵も予想していない口ぶりに聞こえた。
類をなじった昨夜の道明寺を思い出し、身体に力が入る。
「・・・っ。」
「来いっ。」
二回目は更に強い口調だった。
ブルブルと頭を大きく振って後ずさる。
「…道明寺、私は類の側にいたいの。」
「お前、言っている意味わかってるのか?牧野。」
「・・・。」
「このタイミングが"最後"になるぞ。」
道明寺は怖い目つきで上から見ている。
最後!??
返事の重みに今更ながら、唾をのみ込む。
だからって、先のことを避けるために、動けない
道明寺に向かって頭を大きく縦に振った。
道明寺はソファーに腰をおろし、目をつぶり黙りこくる。
そして、合図のように机を叩いて目を開けた。
「お前、そんなに類が大事か?好きなのか?離れられないくらい。」
「・・・。」
それは、苦しげに怒りのにじむ声色だった。
『そう。
多分、そう。
友達の好きじゃない、愛おしい気持ちの好き。
ごめん、道明寺、本当にごめんなさい。
サイテー、あたし・・・。
もう、こんな自分がいやだ。』
こんな時に、道明寺の声が素直に入ってくる。
「俺を幸せにしてくれるんだろ!?牧野は。」
道明寺の前に立つ資格さえない。
「...ごめん。」
つづく -
happyeverafter31 31.
床には道明寺の吐き捨てた言葉の余韻が、なおも重く立ち籠めていた。
なんて重たい空気なんだろう。
一息吸うのも肩に力が入ってしまう。
ド派手に男二人が喧嘩して、口元を拭えば鮮血が付く、まるでヤクザ映画のようだった。
そう、映画の中の出来事だったらどんなに良いか。
ここにいる皆、「誰か止めて!」なんて言葉と裏腹の、むしろ、嵐が過ぎるのを呆然と待ってた。
途方にくれた顔して。
一様に納得できない様子で、「いつから?」って顔にそう書いてある。
皆の信頼も損ねてしまったんだね、私。
こんなにもひどく重たく秒針が動くのも。
無残な類をこうして見つめる訳も。
これは当然の報いだから。
・・・長い間、うっすらと予感し恐れ続けてたのに、結局、最悪の状態。
側にいる類の存在が大きくなって、遠くの道明寺が見えなくなって、少しづつ変わった立ち位置に目を背けてた。
「類は友達だから。」と閉じ込めて、ただ逃げていただけなのに。
道明寺には昔っから言われてた、フラフラよそ見して信用ならないやつだって。
その通りの人間だったんだよ、私。
類が大事。
それはハッキリしていて揺るがないから仕方ない。
運命的で初恋のヒトでもある。
もう、どうしたらいいかわからない。
結局、道明寺を傷つけ、皆も傷つけ、もうどこにも着地点はないように見える。
目の前には、やるせなくズボンからはみ出た白いシャツ。
「立てるか?類?」
その白いシャツに付いたばかりの赤い筋を、ただ見つめていたのは私だけだったのかな。
美作さんが類に声をかけると、続いて西門さんの声も聞こえてきた。
「まあ、っな、類。
司が頭に来たら何するかわかんねえのは昔からだ、変わってねえよな。
明日になりゃ、話せるようになってるって、心配すんな。」
美作さんが類を抱え込むように席に連れ戻し、グラスに茶色い液体を注いだ。
「類、まずは消毒するか。」
促されるままグラスを握る。
一同の視線を浴びる中、類はその液体を一気に飲み干した。
「・・・ッツ・・イテ。」
手の甲で口角を押さえつけつつ、つがれたお代わりを続けてかぶるように一気に飲み干す。
「・・・ッック。」
「おい。」
待たずして、ボトルをひっつかんで、ラッパ飲みする類。
「ちょ、ちょっとー、類くん!やめなよ!」
滋さんの驚く声が、あまりに大きく響いたのが印象的だった。
ただよう沈黙を破ったのは西門さんで、それも誰もが頷く言葉で。
「俺だって潰れてえよ。
司と牧野は・・・、俺らの・・・俺らにとっちゃあ、絶対だっただろ。
司が暴れるのも無理ねえ。
やっぱり・・・、お前ら・・・そうだったんだな。
はあ~、・・・ったく、あ~、何やってたんだか、俺は~。」
「ねえ、本当はどうなの?
類くんと付き合ってるの?ねえ、つくし。」
「ま・・さか。」
自分の声と思えないほど力ない声。
滋さんの目をまともに見返せない。
「つくし、もし、それが嘘なら許さないよ。
司にはつくししか居ないんだよ!!運命の人だって言ってたじゃん!」
「ごめん、皆。
皆の気持ちを裏切って、本当にごめんなさい。
でもね、あたし・・・、類のこと放っとけない。」
「それって、司より類くんが大事ってこと?
司より類くんが好きってことなの??」
「・・・。」
「はっ?マジかよ。」
「ねえ、つくし、ちゃんと答えて!」
類のサラ髪が揺れ、茶色の瞳が強い光で私を見上げていた。
痛々しい口元を隠すように肘で抑えながら。
手に取るようにわかる、類が言いたいこと。
『間違うな!』『笑った顔が好きだから。』って付け加える、いつものように。
でも、自然に心が、手が動いてしまう。
明白な意味を持って・・・側にあるその手に触れた。
類に伝えるつもりで、その心配そうな類を安心させたくて、大きくゆっくりと頷いた。
少しでも微笑んでみる。
いなや、美作さんの大げさな溜息と滋さんの立ち上がる音。
「私、司んとこに行ってくる。」
滋さんはそう言いながら、鉄砲玉のように飛び出していった。
「つくし、今日はもう失礼しよう。」
そう言い、私の腕をつかんで引っ張るのは優紀だった。
「桜子さん、後の事、お願いします。
類さんは、西門さん達がいるから大丈夫。
帰ろう、ねっ。」
類の視線にひどく後ろ髪を引かれる。
けれども、優紀はすごい力で私の腕を離さなかった。
つづく -
happyeverafter30 30.
二次会のクラブは若い子がいく普通の店だったけれど、だだっ広いVIPルームを貸切にしていた。
コの字型のソファーの中央に座る道明寺が、隣の席を叩きながら私を呼ぶ。
「牧野~、お前はここだろ。」
優紀と桜子の間の席を立ち、道明寺の隣へと移動する。
座るやいなや、肩を抱き寄せられ耳元で囁かれた。
「もう間違えるなよな。」
「ごめんごめん、つい。」
カクテルの口当たりがよくて、一杯目がすぐに空になる。
優紀が道明寺にNYについて聞いたら、道明寺は饒舌に答えた。
「デモ、道明寺さんの会社は巻き込まれたりしなかったんですか?」
「OCCUPY WALL ST (オキュパイ・ウォール・ストリート)って、富裕層がたった1%しかないってのが本当の不満だろ、俺からいわせりゃ、もっと自分を知れってんだ。
働く意欲の無い奴が、真面目に働いて税金ドカッと納めてる奴を責めてどうする。
ドル箱つぶして、国力落ちて、更に失業率が上がるぞ。
弱肉強食でビックになれた国が、今さら・・・ケッ、本末転倒だろ。」
「そうですよね。」
「仕事がない?かわいい従業員の首をやみくもに斬りたい企業がどこにある?
奨学金の返済? 最大限の補助してやってる。
これ以上、甘えるなってんだ。」
「デモって乱暴な破壊活動じゃなくて、今回は冷めた活動だよな、司の会社、火炎瓶投げられたりしたか?」
道明寺が手をヒラヒラ振る。
「SNSとかのツール使って扇動やってんだろ。」
「そうだよ、東京でもあったよなー。」
美作さんと西門さんも加わって話がしばらく続いた。
類は滋さんの横、一番遠い席に座って居る。
うつむき加減でグラスの水割りか何かを手に握りながら。
その時、滋さんがごそごそカバンの中を触って振り向くや、立ち上がった。
「これ~、女の子達だけにお土産~。」
GIORGIO ARMANIと書かれた、手のひらサイズの黒い紙袋を配ってくれる。
「今、円高でしょ。
イタリアに遊びに行ってきたんだけど、安いのなんのって。
滋ちゃん、時計を3つも買っちゃったよ!」
「そういえば、ユーロ大丈夫かよ。」
と西門さん。
「あきらんとこ、あっちは市場が大荒れだろ、このままギリシャがデフォルトでもなれば、イタリア支店もヤバイだろ。」
とは道明寺。
あれまあ・・・デフォルトなんて単語、普通に使うんだねー。
「日本の店にも波及してくるんだろうな。
まあうちは比較的、円建て決済比が高いから本業の方で踏ん張るのかな。」
「え~、株が下がったら困るよ。
滋ちゃんのお小遣いで、司んとことあきらくんとこと類くんとこの買ってんのに。」
「おい、類!SGが格付け落とされただろ。」
道明寺がうつむく類に話しかける。
「え?SG?・・・ソシエテ・ジェネラルのこと?」
「ああ、ギリシャ国債を大量に保有してるからな、フランスは。
まず飛び火するって噂、本当らしいぜ。」
「知らない・・・サルコジが何か考えてくれるでしょ。」
「なんだよ、それだけかよ。」
「まっ、ろくすっぽ日本語がしゃべれなかった司が経済を語るまで成長してくれて、お兄さんは嬉しいよ!」
西門さんが道明寺の肩に手を置いて、泣く振りをしてみせる。
「だから、俺には兄はいないって!」
「同意!!!さすが、司!」
と滋さん。
類はまたグラスをお代わりして、新しい飲み物を手に取った。
その時、道明寺が急に立ち上がった。
「そうだ、ちゃんと礼を言ってなかった。
これまで牧野が色々世話になった、お前らには感謝してる。
総二郎にもあきらにも。
それから、類。
俺が頼めるのはお前らだけだから。」
道明寺はまず、西門さんと美作さんと乾杯して、類に向かってグラスを上げた。
「な、類!」
類はのっそり顔をあげ、グラスを持ち上げる。
「お前も立てよ、乾杯だ。」
そして、類が立ち上がりグラスを掲げた間際、時間にして1・2秒、私と類の視線が絡み合う。
ちょっと寂しそうな瞳がサラ髪の奥からのぞける。
長いテーブルを疎ましく思った。
いつもなら、隣で元気ない類を小突いてでも笑わせるのに、この席だと遠すぎて不自由だと思った。
形の合わない歯形みたいに、痛こそばくて変な感じ。
ふと、肩に温かい手が、道明寺の手がのって、思わず振り返る。
道明寺が真顔になって私を見ていた。「お前ら二人、おかしくねえか?」
「?!!」
「さっきから見てりゃ、二人して意識しあってねえ?」
「べ・べっ・・・。」
「おい!」
音が消えたように緊迫した空気が張り詰め、皆の視線の先が類に集まった。
「・・・。」
「おい!類!なんか言え!」
「何を言ったらいいの?」
類が重たそうに口を開く。
「お前、もしかして、牧野の事、まだ諦めてねえのかよ。まさかだよな?」
「・・・。」
しびれをきらした道明寺は居並ぶ旧友の前を大またで通り抜け、類の横の空いたスペースに躍り出た。
そして、今にも掴みかからんばかりに類に詰め寄る。
「どうなってんだ!お前ら!!」
道明寺が大声で怒鳴った。
「っちょっと!道明寺!止めてよ!早合点だって。
あたしと類は友達だよ、何も変わってないってば。」
「友達なら、普通にしゃべれるだろうが。
まるで、痴話喧嘩中みたいにチラチラ探り合ってんじゃねえ。
おい、類!
だいたい、なんでお前が牧野とずっと一緒なんだ、ずっと近すぎるんだよ!
そっから、気に入らねえ!」
「司、まあまあ、類は牧野に頼まれて入っただけだから、そうカッカすんなって。」
とは西門さん。
当の類はうつむいたまま、顔を上げようともしない。
「なら聞く。
俺と牧野の結婚、喜んで祝福してんだよな?類、言えよ!」
類は顔を上げ、垂れた前髪の奥から悲しそうな瞳で私を見つめた。
そして、頭を垂れて一言。
「ごめん、司・・・。」
道明寺のコメカミに血管が浮き上がる。
「な・な・なんだよ、ごめんって・・・ざけんな。」
話が最悪の方向へ流れていってる、どうにかしないと。
「道明寺、類は悪くないって。
あたし達、何もないよ。
お願いだから冷静になって。」
「俺はずっと冷静だ。
呆けてるのはどっちだ?は?
牧野、今日、ずっと誰を見てたか言ってみろ。
久しぶりに帰ってきたのに、この歓迎かよ。
恋人に対してこの仕打ち、あんまりじゃねえか?」
「止めろ、牧野は悪くない。」
「はあ?何だよ、類。
二人してかばいあって、アホくさ。
言いたいことあんなら言ってみろ、聞いてやる。」
「ち・ちがうの!
類は今、大変な状況なのよ。
だから、心配で気になってたっていうか、放っておけないっていうか。」
「大変?」
「司、まあ落ち着けよ。
再会の夜だぜ、そんな話は後でゆっくり聞きゃあいいじゃねえか。
とにかく、こっち戻って来い。座って飲もうぜ!なあ。」
「総二郎、悪いけど、膿は気付いた時に出さなきゃなんね。
でないと、いつまでも治るもんも治んねえし、始まんねえからな。」
「おぉ、司・・・。(←説得されて感嘆する総二郎)」
「で、類、大変って?」
類は目の前にいる道明寺に向かい顔を上げる。
無言のまま数秒、二人は目を反らさずに向かい合っていた。「殴ってくれ。」
「・・・殴られるような覚えがあるのかよ。」
「友達として最低だから、俺。」
「・・・?。」
「女として見てる・・・今までずっと。」
パッコーン
キャー
類の言葉が終わるやいなや、道明寺の一発目、右拳が類の頬に入る。
そして、両手で類の胸倉を掴んで、睨みつけた。
「お前、よくも今まで飄々と俺と話せてたよな。」
「・・・ごめん、つかさ・・・。」
バッコーン、バッコーン
道明寺の二発目・三発目・・・類の頬にパンチが強烈に打ち付けられて、弾みで床に倒れこんだ類の上に、更に乗りかかって四発目・五発目。
止めて―――、誰か―――!
類は一度振り上げようとした腕をダランと下げ、人形のようにじっと動かずされるがまま。
無抵抗でいるつもりなんだ、バカ!
「止めて下さい!!早く!」
「あきらくん!!門っち!類くんが死んじゃうよ~!」
「道明寺、止めて ―――― !!」
すっかり頭に血がのぼってる道明寺に声は届かない。
殴られる音と呻く声が響く。
側にあったグラスが落ちてガチャンと派手に割れる。
類の唇から赤い鮮血が流れ、サラ髪は乱れ、頬は赤く広がり始めて、それでもなお殴られっぱなしでいる類。
どうして抵抗しないのよ、痛いでしょ。
心はもうボロボロに傷ついて弱りきってるはず。
お母さんのことで悩んで苦しんでた。
なのに、身体までボロボロにしてどうすんの。
これ以上、自分を痛めつける必要なんてないよ、もう傷つかないで!見てられない!
「類!!類!!!」
類の名前を叫んでいた。
西門さんと美作さんが二人がかりで道明寺を類から引き離す。
「やっぱりこんなこった!
お前に任せるんじゃなかった!裏切り者!」
押さえつけられた道明寺は類に罵声を浴びせる。
類の手は震え、頬が腫れ始め、血が頬にも飛び散り、目は朦朧としていた。
私は気づくと類のところへ駆け寄り、横たわる類に覆いかぶさって、そして振り返り見上げる。
「もう止めて!道明寺!類が欺いてるなら、あたしもだよ。
心は止められない。
どう想っていようが自由でしょ。」
「・・・は?お前・・・。」
「友達でしょ?道明寺?」
私の身体を下から離そうとする腕。
「牧野、俺の事なんか放っておいて。」
「放っておけない!」
「離れて。」
「イヤ!」
類を優しく抱きしめた。
痛々しい頬の赤みを見ると、胸が痛んだ。
「ハッ・・・・三流の寸劇だな。」
そう捨てゼリフを残し、道明寺は一人その場から出てった。
つづく -
happyeverafter29 29.
道明寺の一時帰国とお披露目を祝う宴にて、私は初めてあんな真近で芸者さんを見た。
おしろいに真っ赤な口紅、着物や帯やカツラはいかにも動きにくそうで気の毒だと思った。
はずみで顔を拭ったりしないのかな~なんて余計な心配だろうけど。
「芸者さんって、どうしてあそこまで塗りたくるのかな。
桜子の口紅が薄く見えるわ。」
「誰と比べてんですか、先輩。
芸者さんの口紅が濃いのは女性のあそこを強調してるって説があるんですよ。
比べるなんてありえませんから。」
「は?」
「ほ~ら、よく見てください。唇、あれに似てません?」
「あんた、それは・・//。」
言いつつ、口元に目がいって、芸者さんに気付かれた。
「は~、スイマセン、気いつきませんで。
姉さんは飲みはらへんのですねェ。
ウーロン茶でよろしいですか?」
「あっ、はい!はい!」
かしこまってグラスを手に取り差し出してると、斜め向かいに座る類とバチッと目が合う。
あっ・・・微笑んでる、微笑んでるよ。
ホッーー。
いつもと同じ、よね?――― 良かった。
笑いがとれた、桜子えらい!
あんな別れ方して、どうやって顔合わせようかずっと気をもんでたから。
あの夜の出来事が、全て幻だったらどんなにいいかと。東京湾の埠頭に立ったあの夜、涙を隠さない無防備な類を見た。
目に焼きついた。
心が震えた。
今日の類に違和感を覚えるくらい衝撃的で、海の匂いまで記憶にこびり付いてる。
すごくすごく悲しそうな瞳に、はじめは驚いて、見てたら、もらい泣きしていて。
やっぱり伝染する、無性にたまらなくせつなくなった。
母親を恨んで、我慢して、また傷つけられて。
つらかったね、偉かったねと頭をなぜてあげたかったし、褒めてあげたかったのに、でも、出来なかった。
類の言葉は更に続いて、それこそ、どうやって取り除けばいいかわからなくて。
マジ驚いた・・・。
『俺と一緒にこのまま居てよ。』って。
恋人達に人気だというスポットからして、類らしくない行動パターンだった、そういえば。
すぐに惚(とぼ)けてくるかと期待、いや、懇願したのに。
「冗談だよ、牧野。また引っかかったね。」ってさらりと。
けど、惚けてないのは聞くまでもなく、類の腕の力はかなり強く意思が感じられた。
頭を働かせると、しゃがみこんで一ミリも動けなくなりそうで、何も考えず呆然と突っ立ってた。
はっきりしていたのは、私を想ってくれる気持ちと同じくらい、私にも失いたくない気持ちがここにあるということ。
いつの間にか、混乱したまま突き飛ばして、無言で背を向ける。
あの夜から今日まで、ちゃんと話せていない。そんな風に思い返していると、隣にドサッと座る音がして、あわてて顔を向ける。
「・・・ったく、あいつらガキみてえに。
携帯なんかで、写真をどう使うってんだ?」
道明寺が文句言いながら戻ってくるや、男らしい麝香の香りが辺りに漂う。
「なあ、牧野。」
懐かしい香りと優しい眼差しに、チクリと一針程度の痛みを覚える。
「あ~、あの二人は芸者さん呼ぶって、相当張り切ってたからさ。」
西門さんと美作さんが芸者さんにこだわる理由は多分おふざけしたいだけ。
けど、日本画ポーズを色々お願いして、それを受けてくれる芸者さんもさすがにエンターティナーで、ふざけた絵を作り、笑いを誘い盛り上がる。
そして、西門さんが並んで写メを撮りたいと言いだしてドタバタ。
道明寺はこの手の社交に慣れてるのか、はしゃぐ様子ではなかったけれど、滋さんに強引に引っ張られ、お祭り男達に交じり撮ってきたのだ。
「・・・ったく、めんどくせい。」
「写真嫌いは直ってないねぇ~。
でもまあ、言うこと聞いて良い子になった!司くん!」
とは、さらにショートヘアにした滋さんだ。
相変わらず、溌剌とした印象で、どこまで髪を短くするつもりだろう。
「そう人間、変わるわけねえって。」
「ううん、司はますます格好良くなったよ、ねっ、つくしもそう思ったでしょ?」
「ん?・・まあ、背が伸びたんじゃない?」
煮物をつつきながら、そう流してみた。
「おっ、わかったか!?お前!0.5センチ伸びてんだよ。」
「ウッソ!!」
「まだ大きくなってるの?司・・・。」
「おお、そうみたいだ。」
「じゃあ、類くんは?バスケしてると背が伸びるって言うじゃん?」
類は・・・・というと、聞いてるのか聞いてないのか・・・首を捻っただけ。
「類が伸びたのは中坊の時だよな。
筍みたいにスクスク伸びて、あっという間に俺は抜かされて、ヤバイと焦ったぜ。
さすがにもう止まってるだろ?」
美作さんが口をはさむと、今度は道明寺が。
「そうだ、類、サークルの奴と、お前、上手くコミュニケーションとれてんのかよ?」
「まあね、みんな大人だから。」
と類が返事。
「へエ~、人嫌いの類がな~。」
「言ったじゃん、大丈夫なんだって。
フォーメーションの確認とか、気持ちが繋がってないとプレーできないのよ。
意外に可愛がられてるって前に話したでしょ。
先輩からヘッドバンドもらってたし、ねっ。」
類に同意を求めて視線を配ると、私とは目を合わさないでビールを手にした。
わざとそうしてるのか、続いて、お箸をもってお膳のものに手をつけてこっちを見ない。
伏せ目がちの類、やっぱりこの場が気まずいんだ。時間が流れ、二次会の場所へ移動することになった。
15分、徒歩での移動。
女子と男子になんとなく分かれ、私は桜子に引っ張られ並んで歩いた。
「先輩、今日の類さん、ちょっと暗いですよね。」
「・・っそ・そうかな・・・芸者組がはしゃぎ過ぎてるだけじゃないの。」
「お二人、何かあったんですか?」
「何を・・。」
さすがに鼻が利くというか、鋭い嗅覚を持つ桜子よ。
「別に良いんですけど、道明寺さんが気付かないかヒヤヒヤしてました。」
「・・・サークルのことかな・・・気をつけるよ、ありがと、桜子。」
つづく -
happyeverafter28 28.
成田空港の入国ゲートには人だかりができていて、後ろの方で待っていると、ざわめきと一緒に黒い巻き毛とサングラスが視界に入った。
コツコツコツ・・・数人の取り巻きと共に歩く姿が映画のシーンみたいに絵になっていた。
スマートな長身に、モデルのように格好よくスーツを着こなす姿。
サングラスをかけていてもその鼻筋からわかる男らしく整った顔。
黙っていたらすごく紳士に見えるかも。
かなり周囲の視線をあびている。
「道明寺だ。」
そして、一際背の高いその男は、まっすぐにこちらに向かって歩いてくる。
「よお。」
ガバッ!
「うん、おかえり、道明寺ィ~、うわっ、ウングェ~エ~・・・。」
アメリカ式だか、大きく腕を広げで思い切り抱きしめられて、頬っぺたにキスされた。
ハグッてやつ、こんなに視線を集めた最中にどうよ。
「あたしは日本人だ~、放せ!」
「なんだよ、感動じゃねえのかよ。」
「いや、恥ずかしいって。」
「さ、行くぞ。」
当然のように肩に手を置かれ、ご一行に混じりハイヤーまで、ズッコケそうになりながらついて行く。
シートに座ってからも、道明寺はずっと私の右手を握ったまま離さず、窓の外と私の顔を交互に眺めては、テンション上がったまま、口がずっと開きっぱなし。
日本は変わったな。に始まり、日本人はやっぱ小せえ!とか、みんな髪が黒くて同じ顔して変じゃねえか?だとか、まあうるさい。
まるで孤島に幽閉されていて、帰還直後みたいにはしゃいでる。
久しぶりなのはわかるけども、日本人でしょうが!そう日本人の顔が変わるかぁ!?
「あんた、前からそんなおしゃべりだったっけ?」
「おおっ?わりぃ、わりぃ。
日本、何年ぶりだと思ってる?俺の母国だぜ、母国。」
「・・・っと、3年もたってない?」
「それにな、今回は少しゆっくり滞在できそうだしよ。
牧野ともこうしてられる、最高!」
大きな手でギュッと握られ、一瞬、高校時代もこうして握られたことがあったと思い出す。
道明寺の目はずっと笑っていて、子供のように嬉しそうで、思わずつられて微笑んだ。
そうやって喜ぶ分、日頃の激務が改めて浮かび上がる。
高校まで、不良息子だったヤツがね。
気楽な大学生活を捨て選んだのが、四六時中、仕事・仕事・仕事。
アホで単細胞じゃなけりゃ、とっくに鬱になって帰国してるね、あんなストレス満載の環境。
ここは安全、農耕民族の空気で平和、旧友もいて、米もおいしいよ、そりゃあ違う。
しみじみ感じ入るでしょうよ、行きっぱなしだったもん。
すっかり立派なニューヨーカーになって。
私はというと、こんな男と並んでると、なんだか背伸びしたような気になるし。
道明寺財閥直系のビジネス・オーラを発散されて、何から話そうか話題を探してるよ。
「俺、これから出社するけど、お前どうする?屋敷で待っとくか?」
「どうせ遅くなるんでしょ?明日は会えるし、今日は帰るよ。」
「おう。」
「皆、楽しみにしてるんだよ。
何をさし置いても、絶対、遅れないで来てよね。」
家の前に着くと、道明寺が顔を寄せてきた。
キ・ス・・・キスされる?
切れ長の強い眼差しに射られて、身体が固まって思わず目をつぶる。
気付くと、反射的に鼻先を少しだけ左に避けていた。
頬に一つキスを落としただけで、離れていく道明寺。
「・・・だよな、真昼間だ、これで我慢しとくか。」
「そ・そう・そう・・・よ///。」
身体が固まってた。
「じゃあな。」
「うん、じゃあ、バイバイ。」
道路に立ち、昼間の外気を浴びるやいなや、妙なザワツキが身体を駈けぬける。
あわてて振り返り、シートにもたれる道明寺の後頭部を目で追いかけた。
けれども、車はエンジン音も最小限で、見る間に小さくなっていく。
警鐘のように打つ鼓動が耳に響いている。
でも、大丈夫、落ち着かないのは久しぶりのせいだ、そう信じこんだ。翌日の夜になる。
西門さんと美作さんと類、滋さんと桜子と優紀がそろって、再会の宴はにぎやかだった。
でも、誰がそんな大きな展開を迎えると想像できた?
当事者さえ、ただ黙ってやり過ごそうとしてただけ。
親友の久しぶりの帰国を温かく迎えて、日本の話を聞かせようと思っていたはず。
どのみち、そうなるとしても、どうしてその夜なのだろう。
もっと早くに、いや、もっと別の形で、お互いを傷つけず収まるように出来なかったのか。
楽しみにしていた再会。
私に会うため、一緒に過ごすため、ひたすら捻出した時間がもう最悪の無茶苦茶。
私だって、またあの頃みたいに過ごせると思ってた。
F4とT4で、めでたく浮かれた時間を。
そして、二人の距離が埋まり、希望が新たに膨らむ・・・そんな夜になるはずだったよね。
――― 悪いのは、全部、私。
ああ、どこからやり直したら誰も傷つけずに済んだ?
類の存在が、意識しない内にこんなに大きくなってるなんて、道明寺よりも・・・なぜ。
悶々と答えを求めても、ただ時間が無慈悲に過ぎた。
類と道明寺が決定的に割れた。
それも、私のせいで・・・。
どこから歯車が変わってしまってたのか。
何からどう手をつけて、私は一体どうすればいい?
つづく -
happyeverafter27 27.
3月になり、いよいよ道明寺が帰ってくる一週間前になった。
あれから、類とはなんとなくギクシャクとして、今までになく口数が減った。
西門さんは都内の料亭で集合だ!と言い出し、久しぶりのF4集結と婚約お披露目の記念には芸者を呼ぶとか、お祭りみたいにはしゃいでる。
私はパーティーの準備で、英語の集中講座やドレス選び、道明寺邸に足を運ぶ機会が増え、その週はバスケの練習を休んだ。
道明寺の不在時に、どれだけのんびりさせてもらっていたか痛感する。
ちょっと帰ってくるというだけで、まるで小さな嵐がやってくるかのような勢いで私の身辺が慌しく変わった。
結婚して、行事に四苦八苦する姿が目に浮かぶ、やれやれ。その夜は、バスケを休み、道明寺の家に行った帰りだった。
黒光りのするハイヤーに送ってもらい、家に入る間際にメール着信・・・・・・類から!?
『ちょっと出てきて。』
小走りに外に出ると、白いポルシェにもたれたたずむ類がいた。
「類?」
「牧野に届けもの。」
類は運転席を開け、紙袋を取り出し、それを私の目の前に差し出す。
「何なの?」
中身はヘアケア用品だった。
「女物は牧野に渡せって、岩波さんから。」
「ああ~、それでわざわざ?」
メンバーの人から時々もらう販促用の品物だ。
「うち、入る?」
「いや、それより、ひまならドライブつきあって。」
「今から行くの?」
「そ。」
類は軽やかに身を翻して助手席側に回り、ドアをあけた。
車はすぐに首都高に入り、オレンジ色の灯をあびながら、いくつかの標識を右や左と選んでスイスイ進んでいく。
ウインカーのカチカチ鳴る音が小気味よい程、滑らかにスピードにのって走る。
レインボーブリッジが見えて、そしたら、海みたいに底が深そうな河の上にいた。
左側は、圧巻の高層ビル群、窓から漏れる煌きが怖いくらいの数。
右側は、お台場から続く暗い海に小船のあかりがポツポツ点り、まるで童話の景色。
それぞれどんな人たちがいるのだかと思いを馳せた。
「ねねっ、きれいだよ、類も見えてる?」
「うん。」
高速を下り、薄暗い公道をひとたび走って着いた先は、人気のない東京港に面した埠頭だった。
類は完全に車のエンジンを切り、何やらインディケーターを操作している。
「ここ?」
「うん、いいでしょ。
岩波さんに教えてもらったんだ。
女の子を落とせる場所なんだって。」
「類が乗っかるなんて、意外。
って、あたし?デートじゃないじゃん。」
類の返事はなく、代わりに車のドアを開け外に出ていく。
私も真似てみると、さすがに埠頭の夜はまだ肌寒い。
「デートじゃなくても、牧野と一回来たかったから。」
「光栄だね。」
黄色いプラントの明かりと暗い海、無機質なコンテナと海へ直角に落ちるコンクリートの地面。
私達二人だけしかいない、非日常的な空間にトリップした気になる。
「ほら、夜でもちゃ~んと潮の匂いがする。」
類は両手をポケットに突っ込んだまま背伸びして、クンクン鼻先を上にしてみせる。
それから、私達はひとしきり対岸のプラント建物の話をした。
そしたら、会話がプツリと途切れて、長い沈黙がやってきた。
遠くの小船を見つめても、真横の類が気になって、次の言葉を待つ落ち着かない沈黙だ。
ハ~ックション
その沈黙を破ったのは私。
「寒い?ゴメン。
牧野に風邪ひかせるわけいかないな。」
類はサッと私の背後に回り、自分のジャケットの前を開き、中に私を入れ抱えこんだ。
「えええ~っ、るい!!何するつもり?」
「こうやって、温(ぬく)めるの。」
「・・・って、ちょっと!」
「いいじゃん、まだ司はNYだし、誰も見てない。」
「で・で・でも・・・。」
「あ~、牧野の匂いだ。」
「・・・///。」
「帰ってきちゃうもんな、もう返さないとね。」
ドキリとした。
それって・・・それって・・・あの~。
いつもの仲良し表現・・・だよね。
こんな場所で、こんなに側で、こんなに強く抱きしめるからドキリとするんだ。
少々身じろぎしても崩れない腕の囲い。
でも、やっぱ近いよ、何のつもり?
頭の中が混乱してきて、心臓が飛び出るくらいドキドキしてきて、返事に困った。
シャワーを浴びた直後につけたのだろう、柑橘系のコロンの香りが濃厚に私の身体にまとわりついてくる。
血液がドクンドクン流れる音が止まらなくて、類に聞こえてるにきまっていて、もう恥ずかしくて、死にそうだと思った。
「・・・んも、か・かえすって、あたしは物じゃないんだから//。」
「大事な預かり物だったからね。」
大事な・・・大事な・・・・大事な・・・・・大事な・・・・・・
“大事な・・・”って、強く胸に響くよ。
何度も聞かされた免疫ある言葉のはずが?「類、えっと・・・//。」
「何?」
「あのさー//。」
「ん?」
「あのさ・・・お母さん、・・・・ほら、あれ、もしかして、病気なの?」
とっさの照れ隠しで、これまたやってしまった!
一番心に占めてたことが端から飛び出る。
もう、何言ってんだか、心太(ところてん)みたいな脳みそいやだ。
「ゴメン・・・、いや、でもね・・。」
「・・。」
「ね、本当のところ、・・・・大丈夫なの?」
「それ言う?折角、ロマンチックな夜なのに。・・・・まあ、牧野らしいけど。」
身体を反転させようと動いたら、逆にギュッと強く抑えられて、海を見る体勢のままで拘束される。
でも、言っちゃったもんはもう引き戻せない。
ムードもぶっ壊す・・・恋愛に向いてないって、我ながら落ち込むけど。
「誰からの情報?」
「類こそ、どうして黙ってたのよ?」
「牧野だって俺に隠してることあるだろ。」
「は?意味わかんない。」
「・・・。」
「あのさ、ご病気はどうなの?」
「さあね。」
「さあねって・・・もう!頑固者。
も~う、偏屈者、薄情者!言いなさいよ。
自分が黙ってれば丸く収まるとでも思ってるでしょうけど、違うよ。
側に居て、そんな顔みせられて、あたしが平気な訳ないじゃん。」
「フッ・・・。」
耳の上に類の顎がコツンとあたる。
動かず数秒ジッとしてると、類の口から観念したような小さなため息と短い声が聞こえた。「・・・あの人、死ぬんだって。」
「!?」
「ハァー・・・。」
髪の中に短い吐息がふりかかるのがわかった。
「そ・そ・それって、友里ちゃんから聞いたの?」
「うん。」
「で、会った?」
「まさか、・・・・・どうして今更。」
「今更って、類!!自分を生んでくれたお母さんでしょ。」
「もう、昔の人。」
「生きてるよ!話もできるんでしょ?マジで後悔するよ、会わなかったら!!」
「・・・。」
「でも、お母さんは類に会いたがってるんじゃないの?ちょっとは大人になりなさいって。」
「自分勝手やって、10年。
一度も会ったことないのに、死ぬから会いたいって何さ。
あいつの娘が、側に居てやれ、優しくしてやれって頼んできた。
何、話すのさ。
何も話すことないよ。」
「本当は会いたいでしょ?
死んじゃったら、どうしようもないんだよ、バカ。」
「・・・。」
「大バカ!」
みぞおち辺りに組まれた類の指を解きながら、エイッと力いっぱい身体を反転させて、その勢いでまくし立てようとした言葉も空中でたち消えてしまう。
見上げた類の目から、キラリと光る涙がこぼれ落ちていた。
滴は細い一本の筋で、揺らめく海面と同じに対岸の電燈色を浴び、ユラユラと心もどかし気に揺れて見えた。
あんまり綺麗でせつない瞳に、胸の中で色んな思いがあふれて出てくる。
言葉が見つからないまま見つめていると、その壊れそうな瞳が私の暴れる瞳とぶつかって、類は小首をかしげながら口を開いた。
暗くて憂鬱そうな海が、類を後押ししたのだろうか。「俺の事がそんなに心配?」
「そうよ!わかるでしょ?」
「じゃあ、俺とこのまま一緒に居てよ。」
「っ!?・・・う・ん・・・もちろん、いつでもどこでも付いてってあげるよ。」
類は私の腰をぐいっと引き寄せた。
うわっ。
「こうやって、ずっと。」
「え・・・?」
「俺、牧野を放したくない。」
「・・・ん?」
「苦しいんだ。
こっから居なくなるって考えるだけで、イヤだ。」
類、何言ってるの?
お母さんの話していて、どうしたら、そういう展開になった?何考えてるのかさっぱり。
第一、道明寺と私・・・結婚するんだよ、応援してくれてたよね?
道明寺に頼まれてるからって、いつもそう言って助けてくれてたよね?
「る・い?あんた、ひょっとして、話を誤魔化すため言ってる?」
悲しげな瞳はこちらを見据えていた。
「バカ言ってないで、真面目に話そ。」
両手で拳を作って、類の胸を突き放した。
「ね?」
「・・・。」
「・・・んもう、だから、お母さんの話でしょ。」
類は黙ったまま、口を開こうとしない。
ずっと悲しげな表情のまま、涙も拭わないまま。
そして、自嘲気味な笑い声が漏れ聞こえた。
「・・ハっ・・・だな、ふざけるなだよな。」
「るい・・・。」
「俺、最悪だよな~、マジで最悪・・・言うつもりもなかったのに。」
「・・・。」
「最低だ。」
「・・・。」
つづく -
happyeverafter26 26.
バトンタッチのように、上沼さんがインフルエンザに罹った。
うつした!!
上沼さんへメールしたら返信がきて、まずはその内容に一安心。
ピークを越して食欲が出てきたから、もう大丈夫というものだった。
ならば、せめて精のつくものを作ろうと、聞き出した上沼さんのマンションに食材とともに押しかけた。
ピンポーン♪
戸惑う上沼さんを尻目に、台所へ上がり込んで、買ってきた食材で作って食べさせると、食欲が回復したのは本当で、何でも食べてくれた。
そして、いつの間にやら、話は友里ちゃんと類の話に。
上沼さんは友里ちゃんの紹介者でもあるし、思い切って類との関係を打ち明けると、何度も「マジで?マジ???」って、ただただ驚かれる。
お兄ちゃんみたいな上沼さんは何でも愚痴れよって言ってくれて、かなり聞き上手。
一つ話すと止まらなくて、その後はちょっぴり肩の力が抜けて、そのうち、当て所(あてど)なく吐き出して、相槌が聞こえるのが心地よかった。
類のことが心配で仕方ないって本音も話した。
道明寺にも他のF2にも話せない話を、上沼さんは愚痴袋みたいに大きな心で聞き流してくれて、不思議とぶつけても大丈夫な人だってわかってた気がする。「二人の関係、どうして隠してたのか、今考えても、腹が立ちますけどね。」
「うん。」
「誰にも話すつもりないって・・・そんな捨てゼリフ、どんだけ気になると思ってんのか。」
「ふ~ん・・・何を、だろな。」
「友里ちゃんと話したくなさそうだし。」
「両親とか家族のこと・・じゃないの?」
そういえば、初詣の時、西門さんが言ってた。
『類はまだ許してないよな・・・。』って。
「類、お母さんと喧嘩別れしたのかも。」
「とにかく、長いこと会ってないんだろうな。」
「そこなんですよね。」
「機嫌みて、聞いてみたら?」
「最後にするから!って言って、頑張ってみたんですけどね。」
「じゃあ、友里ちゃんに聞く?」
「え~それはっ!!・・・、口固そうだし、ひょっとして、全ての原因かもしれないし。
類を脅迫してる、とか・・・。」
「まさか。」
「ですよね、、ははっ。」
「じゃあ、つくしちゃんの彼氏に聞いたら?小さい時から類君と一緒なら、家族のことも知ってるでしょ。」
道明寺に類のことを聞くのはためらわれる。
どうしてそんな質問をするのか?って聞かれるだろうし、なんだか後が面倒くさい。
あわてて首を振った。
「でも、他の知人に聞けるかも知れません。」
西門さん達を思い浮かべながら、ふと視線の先に、室内の桟からぶら下がった物干し用の蛸足が目についた。
「あっ!!上沼さん、それ脱いで!
今から洗濯します、シーツも洗い替えありますよね?」
「え~??急にどうしたの?
いいよ、そんなことしてもらわなくても・・・俺がやるから。」
「いいえ、元はといえば、私が悪いんですから。
ほら、すっきりしましょ。
はい、脱いで!すいませんけど、ベッドから降りて着替えてきてください。」
「本当に?洗うの??」
「はい!!洗濯くらい、ご遠慮なく。」
「脱ぐの?」
「ハイ!」
腕まくりして、にっこり笑顔で答えた。その晩は、久しぶりに道明寺とテレビ電話で話した。
いつも唐突な道明寺だけど、そういう奴だったと強烈に思い出さされる破目に遭う。
「来月、日本に帰れるぞ!今度は時間が取れそうだ。」
「ウソっ!!帰って来る!?」
「言っただろ。」
「ホントにぃ~???」
夏、会いに行った時、春先の一時帰国を調整していると言っていたけど、一度も帰ってきたことない訳で、遠い話と思ってた。
「で、牧野、パーティーに同伴してもらうから頼むな。予定空けろよ!
俺にくっついてろ、何も心配いらねえ。」
「はあ~っ!!???」
「んだよ、素っ頓狂な声上げて。
取引先の社屋落成祝いだ、適当に話合わせて笑ってりゃ、事が済むって。
牧野にはちょうどのもんだ。
婚約者としてお披露目にいい頃だろうし、日頃の成果を発表してもいいんじゃねえか。
マナー講習やってんだろ?英語も習ってんだろ?」
そうそう、確かに受けさせていただいてます。
道明寺邸に赴いて、時々ね。
普通の家と桁ちがいの道明寺家の花嫁修業として、今もって続いておりますけどもね。
「俺がちゃ~んとエスコートしてやっから、お前は笑ってろ、な。」
「ひっ、ちょっと~。」
「それから、一日丸々、ずっと一緒に過ごそうぜ。
デートってのを。
牧野の行きたい所、見たい物、食いたい物、詰め込んで。」
「ふぇっ。」
「やっぱ遊園地か?映画か?海か、海は寒いよな。
チープなとこでいいんだとか、どうせキンキン言うだろ?」
「・・・んまあ、そりゃ。」
「日本の温泉もいいな・・・いや、温泉は不吉だ。
なあ、流行のデートスポットはどこだ?
連れてってやっから、リストアップしとけ。」
「へ・・・。」
「なんだ、その返事。おい、聞いてるのか?」
「う・うん、聞こえてるよ、突然すぎて・・・頭が回んないだけ。」
「あいかわらずだなあ、お前は。
とにかく、そういうことだから。」
どうにか頷いた。
「じゃ、行くわ、またな。」
道明寺の手がアップになって、すぐに画面から光が消えた。
しぱらく真っ黒の画面を眺め続け、何も出てこない画面に向かってつぶやく。
「ほ~・・・どうしよう。」道明寺の一時帰国について、早くも美作さんからお祝いみたいなメールが入った。
私は戸惑いの方が勝っている中、手放しで喜んでくれる仲間の安堵の深さに気付かされる。
一緒に待っていてくれていたんだと。
不甲斐ない私を安心させ、楽しませ、守っていてくれてたんだなあと改めて思う。
西門さんも、美作さんも、類も、道明寺の古くからの友人なのだから。
それなのに、こんな私って何?
紛れもない落差に少しだけ罪悪感。
道明寺の性急さにビビッてる。
パーティーに同伴するって、いきなり過ぎないか。
二人きりで過ごすって、泊まりってことで、やっぱ今度こそって意味か?
戻ってきたら、まずはゆっくり二人の時間を取り戻して、それからちゃんと卒業して、ちょっとは外で働いて親孝行する。
道明寺の横にいる自信が出てきたら、ゆくゆくは自然に心も大人になっていくと思ってた。
まだ準備が出来てない。そういう悶々とした気持ちをぶつけて聞いてもらった相手も上沼さんだった。
ちょうど良いところにこの人が居たといっては失礼なのだけど、不思議とそういう相手だった。
社会人だから、大人だから、遠距離恋愛の先輩だから、私と同じ年頃の妹さんが居るから・・・なぜ上沼さんなのだかハッキリわからない。
こういう風に自然に話せる人だからというほか無い。
とにかく、電話やメールで話す機会が増えた。
その日は練習の帰りで、上沼さんに体育館の入り口横で呼び止められた。
「つくしちゃん!」
「はい。」
すこし物陰になった辺りに誘導されて、上沼さんは口を開いた。
声のトーンを下げて。
「おう、英会話集中講座、頑張ってやってんだろ?」
「はあ、まあね、しょうがないですもん。」
「あのさ、類くんの家族のことは友達に聞けた?」
「まだなんです、ばったり会うこともなくて。」
「そう。
いや、実は俺さぁ、妹に聞いたんだけど。」
「何かわかったんですか?」
「うん。
友里ちゃんのお母さん、つまり類くんのお母さん、入院してるんだってよ。
病気って、聞いてる?」
思い切り頭を振る。
「あの、どんな病気か・・・知って?」
「わからない、それは聞いてないけど。
友里ちゃんは頻繁に病院に通っているそうだよ。」
そうだったんだ・・・。
きっと、そのことを友里ちゃんは伝えて、それで。
類のため息や寂しそうな表情が浮かんで、類のところへ駆け出したくなった。
「つくしちゃん、色々あんだよ、俺らが立ち入るべきじゃないことも。
もう、そっとしておけば?」
「・・・。」
「話したくなったら話すって言ってるんだし。」
「はい。」
ズシンと身体が重く感じられた。
たった一人のお母さんなのに、優しい類が心配しないはずないよね。
重い病気なのかな。
ふと、先日、お見舞いに来てくれた時の様子を思い出した。
病人の私を看病する進を目で追って、寂しそうに類が言った言葉も。
きっと、頭の中にお母さんのことがあったからなんだね。
「上沼さん、やっぱり、あたしは・・。」
「っ!」
ちょうど類が着替えを終え、大きなエナメルカバンを肩にかけて、こちらに歩いてくるのと出くわした。
類に気付いた上沼さんが明るい方へ一歩後ずさり、普通に声をかける。
「類くん、ロッカールーム、今、込んでる?」
「いえ、大丈夫です。」
「あっ、そ。
ってことで、つくしちゃん、またな。」
類にも手を一振りする上沼さんは大股でズンズン歩いて行く。
「あっ、上沼さん!後でメールしていいですか?」
「OK!いつでもして来い!」
上沼さんの返事が終わるやいなや、類は半身傾け尋ねてくれた。
「邪魔した?話、もういいの?」
「うん、もういい・・・・後でメールするから。 帰ろ。」
私の口から、緊張気味な声が出た。
つづく -
happyeverafter25 25.
上沼さんの運転する車で自宅前に到着すると、すでに熱は急激に上がった後で、立ち上がるのもつらくフラフラ状態。
「あ・・りがとう・ございました・・・。」
ペコリと頭を下げたら、再び顔があげられないほど熱が回ってる。
世界がグニャっとゆがんでいて、小さく一歩づつ足を踏み出すので精一杯だ。
「待って、部屋まで送るよ。」
自宅に誰も居おらず、上沼さんが氷枕は~?とか体温計は~?とか叫んでいたような。
ドアの閉まる音が聞こえて、私はそのまま目を閉じ眠りこけた。
物音がして目を開けると、ママが側でタオルを交換してくれていた。
「つくし。」
「う・・、ママ。」
「ごめんね、つくしにうつしちゃったんだね、ものすごい熱。」
「・・・。」
目をもう一度つぶった。
「病院行く?
上沼さんって方がね、必要なら車出してくれるってよ。」
目を開けると、ママが体温計を持ち上げながら微笑んでる。
「はい、つくし、熱計ろ。」
「帰ったの?」
「そうよ。
けど、いい人ね、チームの方だってね。
氷枕や体温計に熱さましとか他にも色々買って来てくれてたのよ。
お礼言っときなさい。」
「そう。」
そして、そのまま瞼の重みに耐えられず、再び目を閉じた。
3日して、病院の薬のお陰で楽にはなっていた。
「姉ちゃん、類さん来たけど、どうする?」
類がお見舞いに来てくれた。
「いいよ、入ってもらって。」
類がひょこっとドアから首を出し、部屋に入ってくる。
「ッス。」
襟足を立てて着流した淡いグレイのハーフコートがよく似合ってるし。
「どう?」
「うん、少しまし。」
「キャッ、冷た!」
類はおもむろに私の額に手を当てると、まだ熱いじゃんって独り言みたいに言って、それから、勝手知ったように、年季の入った勉強机の椅子に腰掛け、持っていたナイロンサックを机の端に置いた。
「外、寒そう。 ありがとうね、それ。」
「どういたしまして。」
「類は熱ない?平気よね?」
「俺?・・・大丈夫だよ、この通り、どして、俺?」
そう言って、類は白い歯をこぼしながら、小さく声をだしておかしそうに笑った。
「俺はインフルエンザに罹らない・・・・・・ってつもりで来てるけど。
特に、牧野ののは強烈そうだから、勘弁して。」
微笑む類、そこに陽だまりがポッと生まれて、羽の生えたミニ天使達が飛び回りそうなくらい無垢に輝いて見える。
エンジェル・スマイル、天使の微笑み。
目で耳でその小さな感動を捕らえて、しばし呆然と見入ってしまう。
はぁ~・・・まるで、心に養分が流れ込み、身体の中に薬が染みていくようで、病気で弱ってるところになおさら効果的だ。
その声も、緩くかかったウェーブのようにふんわり軽やか、くすぐられ優しく溶かされて、ちょっとこそばい気分にさせられる。
淡白くて優しい類に触れるたび、私は何かしらリカバリーを繰り返してきた。
独特のその雰囲気が感染して、いつのまにやら角やら凹みやら色々取れて、しまいに元気が出た。
何度も何度も、幾度も幾度も。
私は類のこの微笑に滅法弱くて、どうやら簡単に反応してしまう。
免疫は一生つかないみたいだ。
そして、やっぱり類のことが好きだし、ずっと特別な人だと思った。「姉ちゃん、おかゆ出来たよ~。」
「あんがと、ねえ、ママは?」
身体を起こし食べようとするやいなや、進にたしなめられる。
「仕事行った。
ちょっと、もうっ、食べんの待って。
先に熱計ってから!ほらっ!ったく、姉ちゃんは手がかかるなあ。」
体温計を押し付けられ、濡れたタオルや氷枕を素早く取り除かれた。
熱は37.9度。
進が体温計を確認してケースに戻す、テキパキテキパキ。
「じゃあ、はい、どうぞ!食べていいよ。<br<> ポカリで良かったよね?
おかゆがまだあるけど、ゼリーいただいたよ、類さんから。」
「あっ、類、まだ居たんだ。」
怪訝な顔の類と目が合う。
あまりにも静か過ぎて、類が居ること忘れそうになった。
サンキューと目配せすると、類は頬杖をつきながら黙って頷いた。
「俺に気兼ねせず、食べて。」
「うん、じゃあ遠慮なく。」
どうやら、まだ残るらしい。
何が嬉しくて、病人の部屋に居残るんだか。
「全部食べたね。じゃあ、次はこれ。」
進の右手に薬袋が、左手にはお見舞いのゼリー箱と氷枕が載ったトレイが。
「サンキュ。
進、おかゆの具合、ちょうど良かったよ。」
「当たり前、もう慣れたもんですよ。
姉ちゃんは熱が高いと全く固形物受け付けないからね、昔から。
病気になると、別人のようにしおらしくなるんだよねーー。」
「あんたこそ、しょっちゅう熱出して、姉ちゃんー姉ちゃんーって泣いてたっつうの。」
「昨日はうんうんうなってたのに、そんな口きけるならもう大丈夫。
さすが、姉ちゃん。」
「はっ?」
「39度もあったのに。」
「っさい、まだ、熱くらいあるわよ!」
「ハイハイ!」
「偉そうに。ちゃんと恩は返しなさいよ。」
「わかってますって、で、ゼリー食べるでしょ?」
進は甲斐甲斐しく立ち回って、新しい氷枕を用意し、ゼリーの箱を開けて選ばせてくれた。
「類さんセレクトだよ、おいしそうでしょ?」
カラフルなパンテ・ルージュのフルーツ・ゼリーがたくさん入っている。
ピーチのゼリーを選ぶと、進が蓋をはいでスプーンまでつけてくれた。
「じゃあ、類さんも。」
「いいから、俺の分もお食べ。」
「え~っ!」
いつもは喜んで我が家の団欒に参加するはずの類。
今日は目を細め、ちょっと離れた場所からこっちを眺めるだけのお客さんのような。
お見舞いって、元気を届けにくるもんでしょ。
「変だよ、類。」
「そうですよ。
食べましょうよ、こんなにいっぱいあるんだから。」
類は首を小さく横に振り、それから、振り払うように細く長いため息を吐き出した。
その顔が沈んで見えたのは決定的で、見過ごすわけにいかない。進が部屋から出て行くと、部屋に再び静けさが戻ってきた。
「何考えてたの?」
「ん?」
「だって、類、さっきため息ついてた。」
「ため息?ああ、考え事?
牧野達見てると、俺に兄弟がいたら、どんな風に過ごしてたのかな~っとか考えた。
一人っ子だもん、俺。」
「ほんとに?はぐらかしたら、今度こそ絶交だよ!」
「・・・。」
類は私に向き直り、ゆっくりと首を捻って無言でいた。
「進とあたしはいつものことじゃん。」
私はベッドの上で背筋を正す。
「言っちゃえば!」
「何?」
「頭の中がいっぱいになったから、あんなため息が漏れるんだ。」
「ひょっとして、何か話したそうにムズムズしてるとでも?」
「いや、・・・・・・だから、このところの類が、・・・なんだか心配なの。」
「牧野の思い過ごしでしょ。」
「あたしね、ずっと類の心のため息が聞こえる気がして、それがずっと気になってて。
ふぅーってつらそうだから。
こうして聞くのも、最後にするよ!」
「・・・。」
「ポロッと愚痴ればいいだけじゃん。」
「他人(ヒト)に話して何か変わる?現実的に。」
「他人って友達でしょ、冷たいな、もう! 」
「前からね。」
ジロって睨んでくる類。
「だからぁー、友里ちゃんと顔合わすのがいや、とかー。
それでバスケ辞めようと思ってるってのも、まあ有り・・仕方ない、反対できないって覚悟もしてるしー、もう。」
ガタッと椅子を引く音が響く。
「熱もあるのに長居してゴメン、帰る。」
「るい!」
背を向けて立ち上がり、ドアの近くで再び振り返る類。
「牧野、俺、誰にも話す気ないから。」
微笑みはなく、代わりに寂しそうな印象が残された。
「やっぱり、あるんじゃん・・・。」
つづく -
happyeverafter24 24.
余寒(よかん)と呼ぶには実感なくて、すごく寒い。
こうも冷気が伝わるなんて、この体育館、安普請じゃないの。
パイプ椅子のアルミ菅は冷やしたグラスばりに冷たくて、手を引っ込め、ずっと身体を揺すって座ってた。
今日は早く帰ろ。
天気予報で小雪が舞うと言ってたっけ。
「うぅ~ぅ~さぶ~。」
練習に使い捨てカイロ、浮かばなかったのがうらめしい。
亀のように首を縮めていると、肩凝りそうだし、ボーっとしてくるし。
記録帳は開いたまま、ひざ掛けに両手を入れたまま。
友里ちゃんはお休みで、あたし一人。でも、今日は手抜きだ。
縮こまりながらも、目だけは激しく類を追っていた。
練習中のspanky’sの男達は、無論、寒さなんか感じてないはずで、試合形式5対5、キャプテンの岩波さんからパスが通って、類が大きくドリブルしながら走って走って、ずっと動いていて、まあいつもの練習だ。
はあ~、とため息。
見つめた先の類は、するりとディフェンスをかわして、伸ばした指の先に光があるのか、跳ね上がって掴んだボールがよく見える。
節の目立つ指の間でホールドされ、高い天井へ伸びた腕の先から放たれた。
額の汗をリストバンドで拭きながら、英徳ではありえなかったチームメイトとのアイコンタクト。
岩波さんと目を合わせて交わす薄っすら見せた爽やかな笑み。
白い歯がこぼれ出る。
和気あいあいと、楽しそうに見えるよ。
スポーツやってて、あのルックスに、白い歯キラリ・・・って、モテない方がおかしい。
まっ、あれが新たな女性ファンの落としどころ、冷酷人間に見えない。
けどさ。
「内緒はないよ、ないでしょ・・・“心の友”が聞いてあきれる。」
何度目かのため息が出た。
あの友里ちゃんが類のお母さんの再婚相手のお嬢さんで、今は類のお母さんと仲良く暮らしているって驚いた。
類はずっとのこと、よくも白々と黙っていられたものだわ。
ご両親がどんな理由で離婚したのか、お母さんは、お父さんは、まるで知らない。
お父さんは人一倍厳しい人だと聞いた覚えがあるだけで。
類の生い立ち上、友里ちゃんへ不愉快な感情があっても、それは同情出来るから、ふとした拍子に見せた曇った表情もわかる。
そうよ、整理できたような気もする。
でも、全部内緒にして、類め。
友達やめるぞ。
あの後、「大した事じゃないから黙ってて。」って頼まれ秘密のままになっている。
よって、知ってるのは私だけ。
隠すのはどうも、胸に何かつっかえ物があるみたいで困り通しだ。ホイッスルが鳴って、入れ替えタイムがきた。
類以外の唯一大学生の笹本くんが着用中のビブスをゆび指しながら、「牧野さん、これ~」と残念そうな顔でやって来て、見ると、端の巻き込み部分が10センチほつれていて、細長い巻きテープがブラ~ンと下がった状態になってる。
「あれ?そんなのあったの?」
「俺、糸くずかと思って引っ張ったら、こんなになってしまって。スイマセン。」
申し訳なさそうに言われた。
あたしはパイプ椅子から立ち上がり、新しいビブスを取って笹本くんに渡した。
「ほつれてたのかな、ゴメンナサイ! はい、これ!」
「どうも。」
脱いだビブスを受け取って、代わりに新しいビブスを手渡した。
持ち帰って、ミシンでダ~っと縫っちゃおう。
しゃがんでカバンを拾い、立ち上がろうとしたら、突然、グラリ。
地震じゃないよ。
身体がフワッとして力が抜けそうに、ひどい貧血みたいに身体から力がなくなった。
あれれ?なに?
そいえば、普通じゃない寒さと気だるい感じ。
頭が重くてボーっとするし、膝の裏や脇がチクチク痛む。
やたら手足が冷たくて、背中がゾクっときて、猛烈な何かイヤ~な身体感覚。
ヤバイ、あたしもやられた、イ・イ・インフルエンザだ・・・!思い切り、心当たりあるし。
身近に感染者がいたいた、パパについでママ。
元気だけがとりえの私が?
その時、コーチの声がした。
「つくしちゃん、次の練習日までに赤マーカー買っといてね。」
フォーメーションの説明に、赤インクが切れてたんだ。
「あっ//、了解です。」
のっそりとパイプ椅子にもどって、残り時間を見ると、あと30分。
あと少し黙って大人しくして、類に速攻で送ってもらおう。
すると、目の前に白いバッシュをはいた脚が2本やってきた。
そして、よく通る声。
頭を上げる間もなく聞こえたその声は。
「な、ほっぺた、赤くない?」
「っ?」
心配そうな顔してたのは、お兄ちゃんみたいな人、上沼さんだった。
「しんどそうだけど、ひょっとして、熱出てんの?」
「でも、あと少しだから。」
上沼さんは勝手に私の手首を取り、脈をよみながら眉間に皺寄せてる。
あたしは身体がだるくて、抵抗出来ずにいた。
「速い、熱ありそうだし。
すぐ帰って寝た方がいいわ、すぐ帰れ。
おっ、俺も今日は終わり、送ってやるから。」
「上沼さん。」
「・・・でも・・・。」
「どしたの、牧野。」
「こいつ、熱っぽいから早退させる。俺が送るわ。」
上沼さんが類に向かってそういうと、類は素早くあたしの額に手を当てた。
「あつい・・、いつから?」
屈んで覗き込む薄茶の瞳は、体育館の白熱灯に照らされウルウルして見えた。
「さっきから。」
自分で頬っぺに手を当てると、熱いし、絶対にインフルエンザだって気がする。
「俺が送りますよ。」
類の声が頭上で響く。
「牧野、車に学校のカバン置いたままでしょ。」
類の視線が素早く移り、上沼さんと向かい合うかたちになった。
そいえば、教科書入れたナイロンサックを類の車に置いたままだ。
「うん・・・。」
「悪いけど、それはまた今度、届けてあげてよ。
俺、もう帰るし、送るのはついでついで。
類くんは練習に戻って。」
「・・・。」
類は黙って上沼さんを見つめ返している。
「行くぞ。」
上沼さんは、既に私のカバンを持って出口に向かおうとしていた。
「・・・ごめん、類、先帰るね。
教科書、学校で会う時でいいからね、ごめん。」
他のメンバーらから、「お大事に!」って見送られる中、類だけは棒立ちでいたように思う。
つづく -
happyeverafter23 23.
「牧野、あの子と知り合い?」
「うん、そうだけど。」
美作さんが聞いてきた。
「バスケチームで一緒にマネージャーしてるの。」
「ちょっと聞くが、名前は?」
今度は西門さんが訝しげに聞いてきた。
「神崎友里ちゃん。
あんた達、女と見りゃハンティングする気?正月早々。」
顔を見合わせている二人。
「真剣に止めてよね、友里ちゃんは。」
「マネージャーっていつも練習に来るんだろ?」
「そりゃあ、用事がある日以外は行くよ。」
「・・・ってことは、類とも顔あわす?」
「そりゃね。」
「マジかよ、類のやつ。」
「あの子、確か、そうだよなあ?」
「・・・。」
軟派な話ではないらしい。
どうなってるのかわからないと顔見合わせる二人を見てると、平穏だった空気がピキンと割れて、そこからモクモク灰色の煙が舞い上がってくる感じがしてくる。
ナンパ好きの二人が会話に入って来なかったのをおかしいと気付いてもよかったのに。
西門さんと美作さん、友里ちゃんと類、どうやら密やかに隠された関係があるのだとピンときた。
滋さんが口を開く。
「類くんが何なの? あの子は有名人?
う~ん、滋ちゃんは会ったことないと思うけど、桜子、知ってる?」
「いいえ。」
桜子は男二人をキッと見つめ黙っていた。
「類と友里ちゃんに何があるの?」
詰め寄ってみる。
「何も聞いてねえの?」
かぶりを振った。
「大したことじゃないし、牧野は知らなくていいんじゃねえか。なあ、あきら。」
「ああ、関係ないだろ。」
「関係ない?大したことない?
あるとかないとか、あたしが決める。
ねえ、友里ちゃんと類に何があるの?教えなさいよ!」
それはここ最近感じていた類の違和感に関係することだと確信に似た予感がした。
「どうする?」
詰め寄られて困り顔の美作さんには気の毒だけど、もう少しだ。
すると、西門さんが口を開いた。
「あの子は、類の母ちゃんの娘だ。」
「っ!!???えっーーー???」
「再婚相手の連れ子だけど。」
想定外の答えが耳に入ってきて混乱した。
「何て?・・・兄弟?」
「いや、兄弟っつっても、血がつながってないし、一緒に住んだこともない。」
「・・・。」
「なあ、牧野から見て、類はあの子と仲良く話したりしてるのか?」
仲良くなんてしてなかった。
どっちかというと、喧嘩してる二人を何度も目撃して、勝手に心配してた。
不意に考え込む類が、何でも私に吐き出して楽になればいいのにって一人悶着した挙句、もしかしたら、二人は付き合い始め、痴話喧嘩かもって完結してたお間抜けだ。
「総二郎、類はまだ許してないだろ?」
「そうだな。」
「どういうこと?詳しく教えてよ。」
「・・・まっ、後は類に直接聞け。」
「なっ、それがいい。」
「あたし、類を探してくる。」
「つくしー、大丈夫?一人で。」
滋さんの心配をよそに、リンゴ飴の出店に向かって歩き出した。
ようやく着いたリンゴ飴の出店前にはやはり姿はなく、携帯で連絡しようと取り出すと、着信表示があった。
メールに気付かなかったのは私の方で、急いで確認すると、類はお守りを買ったあたりで待っているとのこと。
着物の裾を少し持ち上げ、小走りで向かう。
視線の先に絵馬に書かれたメッセージを眺める類が、そして、握られたリンゴ飴が3本、赤く信号みたいに並んで見えた。
「類!」
肩をポンとたたくと、類は振り向いて顔をほころばせる。
「飲んだ?甘酒。」
「なんで知ってるの?」
「今、総二郎のメール読んだとこ。」
「えっと、・・・飲んだ飲んだ。
いやっ、そうじゃなくって、類、聞きたいことがあるんだけど。」
「怖いよ、牧野。」
「神崎友里ちゃんのこと。」
「・・・。」
「あたしに何か隠してること無い?」
「・・・。」
「・・・。」
「なんて聞いた?」
類が話すまで一切口を開くまいと、口を一文字に構えた。
「ちょっと、移動しよう。」
類は私の手首をサッと取ると、人ごみから外れた祠の側まで連れてった。
「ここならいいか。
で、牧野は神崎友里ちゃんと俺の関係が知りたいんでしょ?」
答えの代わりに、口をムスッと閉じて下からにらむような形相していたかもしれない。
「クスッ・・・いいよ、話すから。」
すこし力を抜いて、よく聞こうと耳の神経をとがらせてみる。
「俺が10歳の時、母親が出て行って、再婚した相手が神埼フーズ社長、神崎恒三。
母親が学生時代からの知り合いで、小さい時、何度か会ったこともあった。
奥さんは一人娘が赤ちゃんの頃亡くなってて、その赤ちゃんってのが神崎友里。」
「・・・ってことは、兄弟?」
「他人だよ。」
「・・・他人ってそんな。」
「シンプルなよくある話でしょ。」
「類は、突然、友里ちゃんが現れて、ビックリしたんでしょ?
マネージャーになって嫌だったんじゃないの?
戸惑って当然だし、やりにくかったでしょ。
よく知らないけど、喧嘩みたいなことになってたじゃない。
考えてみれば、友里ちゃんが来たころから、類が考え込むの見るようになったし、あたし、気付いてたもん。」
「・・・。」
「バカ!」
キョトンとする類。
「水くさいよ。
水くさいのも程がある、ひどすぎる。
知ってる奴だって言ってくれてもよかったじゃない。
そんな大きなこと、黙ってなくたっていいじゃん。
ってか、よく黙ってられるよね、ビックリするわ。」
「牧野が思うほど大きなことじゃないからだよ。」
「あたしは、何があっても類の味方なんだよ!知ってるでしょう?」
「サンキュッ、牧野。俺は大丈夫さ。」
「もう、本当にバカ。あたしもだけど・・・。」
すると、目の前に赤いリンゴ飴がヌーッと差し出された。
「欲しい?」
真っ赤っ赤な、むちゃくちゃ甘そうな水飴の塊。
トロ~リ美味しそうにたっぷりかかったまま固まっていて、見るだけで涎が沸いてくる。
現金にも、みるみる機嫌がなおってく自分に呆れた。
「どうぞ。」
「うん。」
類の冷えた手から一本、リンゴ飴を受け取った。
のんきに飴を受け取った私を類はどういう風に見つめていたのかな?
悩みの種がなくなったわけでもないし、もっともっと深い所で苦しんでいたんでしょうが!
自分さえ我慢して黙っていればって、本気で思い込んでた、ホントおバカだよ!ーー類は――。
つづく -
happyeverafter22 22.
パパとママと進と4人で年越しそばを食べ終え、満腹のお腹をさすっていると除夜の鐘が聞こえ始めた。
「鳴り出したね。」
「ママ、行くの?」
「もちろんよぉ~、行っとかなきゃ。
あんたも支度しなさい、進もよ!」
午後からF3たちと約束してるのに、家族全員で行くと張り切る両親に留守番を願い出るのは忍びなく、出かけることにした。
「つくしがお嫁にいったら、一緒に行けなくなるもんね。」
ママは目じりに皺を寄せ、笑ってるのに寂しそうな声でそう言う。
「つくし、来年もまだパパ達と一緒に行けるのかい?」
セールで買ったダウンジャケットと手編みの毛糸帽のパパが聞いてきた。
「当たり前じゃん、まだ英徳の学生だもん。
結婚はまだ先、まだまだよ。
それに、大財閥っていっても、王族じゃないんだから、帰ってこれるよ。」
「つくし~。
そうだよな、パパは待ってるぞ。」夜道を4人で歩いていると、携帯が鳴った。
―道明寺。―
ピッ♪
「もしもし?」
「A Happy New Year」
「うん、明けましておめでと。」
「起きてたか?」
「今、道を歩いてる。
これから、家族とお参り。」
「お、そうか。」
「何やってたの?家?」
「アラームで起こされた。
ってか、去年はお前に先越されたから、今年はこっちがって思ってよ。」
「あ~、そうだったね。よく覚えてたじゃん。」
「スカイプつないで、早々にかけてきたもんな。」
「あんたが送ってきたからじゃない、誕生日祝いに。
手元にあれば、テレビ電話ってどんなか早く試したかったし。」
「おう。」
「そっちはまだ31日の昼間で、年越しムード無かったけど、ハハっ。」
「だな。」
「おめでとー!!って言ったのに返事がなくて、思い出すのにテンポずれてたし。」
「たっけえテンションで、お前の顔、画面からはみ出て誰かわからなかっただけだ。」
「ひど。」
「・・・クッソ、今だけ、14時間先ん所へ飛んで行きてえな。
会いてえ。」
「っ・・・//////っど・どうして急に言うかな~、こんな時。」
暗くてシンとした夜道、家族は聞き耳を立ててるはず。
「牧野、3月に会った時、誕生日プレゼント渡すから。」
「うん、うん、判ってるって。
もう別に、何ももらわなくても色々してもらってんだけど。」
「じゃあな。
お前、忘れんなよ、俺らのこともちゃんと願かけとけよ。」
「あっ・・・うん。」
プチ
「道明寺さんから?」
進がニヤッとしながら聞いてきた。
「まあそうだけど。」
少なくとも3人とも私の話はよ~く聞いてたわけね。
「あんたは幸せ者よ~、あんな立派な人に、そんだけ慕われて。
ママも娘に孝行してもらえたって思ってるのよ。」
「パパもだぞ。
パパより背が高いし、男前だろ。
収入だってある。
でも、完敗ではないんだよな。
つくしを大事にする気持ちはパパの方が勝ってる。」
「パパ~。」
パパの腕に自分の腕を絡ませ、この幸せがずっと続きますようにって願わずにいられなかった。午後になり、桜子の家で着付けをしてもらい、二人で待ち合わせの交差点へ出向いた。
もう既に初詣客でわんさか。
真夜中、家族で歩いた道と違い、神社のずっと手前から出店が軒を連ね、人・人・人。
香ばしい焼きトウモロコシの香り、アニメキャラクターの仮面、赤いリンゴ飴がズラリと並ぶ。
「着物の人、案外、いますね。」
「桜子、ありがとう。
神様も一目置いてくれそうだよ、この着物、素敵だから。」
「先輩は着物似合いますよね、ストーンとした体型ってうらやましい。」
「うっ、褒められてんの? っハハハハ。」
「あぁっ、いたいた!」
「つくし~、ひさしぶり!!!似合う~着物。」
「滋さんも素敵ですよ。」
滋さんは現代調のモノクロ柄、桜子は桜の花がパラパラ描かれた可愛い柄、私のは少し大人びた白色の大菊が肩から斜めに入っているけれど、全体が薄黄色のパステル色なので若者向けだと思う。
立っているだけで華やかなグループなので、そこだけ空いたスペースができて目立ってた。
近寄りがたいというより、鑑賞するため、適度な距離をとって歩く人が多いのだろう。
「お待たせ~。」
「おっ、美女三人がそろったか、じゃ行くか。」
「まずは、お参りだな。」
色鮮やかな着物娘が三人並び、F3と一緒となると注目されっぱなしだけども、文字通り、みんな正月気分なんだし、晴れ着でのお正月だ、お陰でその状況も楽しめそう。
「牧野、似合ってるよ。」
「ありがと、あたしは寸胴だから着物が似合うらしいわ。」
「着こなせてるんだから、素直に喜んで。」
「ほんとにそう?」
頷いた類に続くように、キーキー、ツウィッ、ツウィッと鳥の高鳴きがした。
参道の左側には鬱蒼とした森があり、どこかで鳥が巣を作ってるのかも知れない。
「あっ、そうだ、司に送ってやろ。
牧野、こっち向いて。」
パシャ
振り返るやいなや、類に撮られた。
「わざわざ送んなくても・・・。」
早速その写真を送信し、満足そうに携帯をしまい、再度、視線を向けてくる。
「これは日本からのお年玉ってことで。」
「友達思いなのか、からかってんのかよくわかんない。」
「彼女の写真喜ばない彼氏いないでしょ。」
「まあそうなんだけど・・・類が送るとね。」
「クククッ、後がたいへん?」
「わかるでしょ。」
「今日のは絶対、司に見せとかなきゃ。」
「あっそ。」それから、大きなお賽銭箱の前で鐘を鳴らし、今年一年の無事と幸せを祈願して、お守りを買った。
首に白いファーを巻いた女の子がリンゴ飴を手に持ちながら、迷子の係員に涙を拭いてもらっている。
石畳の簡素な参道に、一夜にして現れた色とりどりの出店。
まるで夢物語のように魅惑的な色合わせで、子供達はもちろん、かつて子供だった大人達も、瞳をキラキラさせられる数少ない余興の場だ。
子供の目線なら、それ以外目に入らないほど強烈に映るはず。
「どうした?」
「子供が迷子になってる。」
「ああ・・・もう大丈夫だよ。」
「泣いても、あのリンゴ飴は大事そうにして、クスッ。」
「牧野も食べる?」
それを聞いた滋さんが、すかさず食べると言い出して、もと来た道を引き返し買おうということになった。
「いいよ、俺一人で買ってくるから。」
着物を着て人ごみを歩くのは大変だからと、類が機転を利かせてくれる。「おーい、お前ら、あっちに甘酒があるって。」
西門さんが言うには、本殿から離れた社殿の横で地元の人たちが無料で甘酒奉仕しているらしい。
「でも、類が。。。」
「一応、メールで送っとけば?」
そうすることにし、西門さんの後をついて行くと、人ごみの向こうにブースがあって、その中では大きなお鍋から温かそうな湯気がもうもうと立ち上っており、その手前で美作さんがハッピをきたオバサンに挟まれ、申し訳なさそうに甘酒をすすっていた。
白い紙コップに入った甘酒は久しぶりに胃に染みて、懐かしさを感じずにはいれない味だ。
フーフー言いながら、ようやく飲み終えても類は来なくて、もしかして、着信音に気付かなかったのかな?と思っていると、友里ちゃんが向こうからやってくるのが見えた。
お友達と歩いており、向こうも私に気付いた様子。
「友里ちゃん!!」
手を振った。
「つくしちゃん! 明けましておめでと、今年もヨロシク!」
「おめでとうございます。 こちらこそ、よろしくお願いしますね。お友達とお参り?」
「そうなの、凄い人ね。
つくしちゃん、今日は着物姿なのね、キレイ。
お友達と合わせて着物を着たの?皆さん、本当に素敵ね。」
友里ちゃんは横に並ぶ滋さんと桜子に挨拶した後、それぞれ帯の結び方まで絶賛してくれて、自分も着物を着つけてもらえば良かったと、笑って悔しがっていた。
そう言ってもらえると、三人とも悪い気はしない。
友里ちゃんは、西門さんと美作さんに気付いたようで、二人へ一礼すると、思い出したように「じゃあ、またね!」と言って、人ごみの中に消えてしまった。
つづく -
happyeverafter21 21.
体育座りのまま、膝の上に顎を乗せ類を観察していた。
ふいに、類がモバゲーから顔を上げ、目が合うなり微笑んで、その唇がゆっくり開く。
「ゴメン、お待たせ。
もういいよ、しゃべりかけても。」
時間にして3秒・・・頬の強張りが消えていく。
12月の清々しい光の中、そのつるりとした鼻先が気持ちよさげに陽を浴びていた。
「っと・・・。」
「ん?」
薄茶の瞳を投げかけられ、返事にまごつくけど、とにかく、友里ちゃんのことは答えてくれないだろうから、作戦たてて行こ。
「そういえばさ、イブの予定は何か入れた?」
「イブ?牧野が何かしてくれんの?」
「・・・って、何もないの?」
唇は半開き、気だるそうに右手を首にやり、ゆっくり首を前に倒した類。
頭を前後にギコギコ動かしストレッチ始めただけだ。
イエス?どっちよ。
「うっ、イって!
さっきので首、凝ったかも、俺も凝ったりするんだな。」
「バカだねー、親友をそっちのけで没頭するからじゃん。
ねえ、質問してるんだけどぉ、イブはひまにしてんのぉ?!」
すると、わざと拗ねた口ぶりがかえってくる。
「牧野はずっとバイトでしょ? 俺が暇なの知ってて。
親友そっち・の・け・で、いつものことだけど。」
ちょっとぉ、類?
「あ・あ・あたしは予定なかったから。。
また皆で集まる?・・・バイトはむしろ、正月前後よりイブの方が休みを言い易いし。
別に、2回クリパしてもいいわけだし、来れる人だけ来て、たのし・・・。」
「ククッ・・ジョーダン、俺がマジで拗ねるわけないでしょ、そんなことで。
お姫様のご機嫌そこねちゃ大変だし。
どんだけ暇人だと思ってんだよ、まったく、牧野はいっつも。」
「ケーキは?」
「・・っも食べる、もちろん。」
類は話し終えて一人立ち上がり、腕やお尻をパンパン叩いている。
そういえば、イブは休んで良かったんだ~と思い出してると立ち上がるのが遅れた。
千石屋の年末・年始の臨時バイトを引き受けたので、イブだけじゃない、年明けまで昔みたいに忙しくなる。
古巣が久しぶりで、ノリで安請け合いしてしまったのをちょっぴり後悔だ。
立ち上がった類を、ぼんやりと下から上へとなぞるように眺めた。
止まった視線の先で、彫像みたいに神がかった人物が空を見上げている。
胸を広げ、のどボトケを突き出し深く息を吸い込もうとしてる一瞬を、もう嫌になるほど・・・またもや見とれてしまい、時が止まった。
上質羊毛100%生地の濃紺のピーコート、表面の起毛がキラキラ反射し、足元から直線の縫い合わせさえ芸術的、縫製は匠とか呼ばれる人のかな。
手入れも行き届き、しわ一つ、糸くず一つ見えない。
やっぱり、金持ち。
マジ、高そう。
高価がイコール品格でなく、肝心要なのは中身で、サンサンと光を放ってる感じだもんね。
もって生まれた天命、宿命、運命で、相乗効果は神業ってことなのよね。
ため息がこぼれた。
それがどうして男っぽく見えるのかが不思議なのが、類の顎と鼻のライン。
一つ一つ注目すると、ごっつくもないのに。
ほの白い皮膚は吹き出物一つ見当たらず、整った唇の存在を朱く際立たせている。
茶色く柔らかな髪は、額にかかり、横は自然に流れて耳にかかる程度。
爽やかな柑橘の香りはナチュラル志向の類らしく。
後頭部の髪が少しはねてるのがまた秘訣で、感心するほど合ってるから黙るしかない。
その人が振り返って口を開いた。
「牧野、いつまでそこに座ってるの?寒いでしょ、行こ。」
「ん?」
「?」
「あっ、ああ~、そうだね、ハハッ。
行こ、行こ。」
「クスッ。」
腕をグイッと取られて引っ張り上げられ、身体がフワッと浮いた。
「・・ンキュっ。//」カフェテリアまでの銀杏並木、出来るだけ落ち葉を踏まないように歩いていた。
すると同じように歩調を合わせてきた類。
黄色いかたまりを避けてはねるように歩く。
ピョン。
私も跳ねるようにピョン。
だんだんスピードと高さが増してきて、ピョン・・・ピョン・ピョン・・・。
ストライドの差は明らかで、置いて行かれないよう類の腕をグワッと掴み、バランス取らせてもらって、ピョン・ピョンピョンと。
類はなおも先行く勢いで、その腕から伝わる振動が微妙に自分とズレてやってくる、ちょっと強い。
負けずに腕を掴みなおし、走るように跳んだ。
「クククッ・・・マジになる?」
「なる。なる。こういうの、得意。
実はちっちゃい頃、よ~くやってたし!」
飛び跳ねながら、「イ」音の口のまま類を覗き込むと、とたんに、12月のひんやりした空気が口の中に入ってきた。
まばらに歩く学生はそんな私達を風景の一部のように見てるのだろう、さして、気にする様子もない。
「類はー?」
目じりが翳ったのが返事ね、そうだよね、小さい頃の遊びは・・・してるはずないっか。
ピョン・ピョン・・・・・ピョン・・・・・。
スットン。
銀杏並木が途切れ、最後の着地と同時にスピードを落とし、手を離し、息を落ち着かせる。
「あ~、こんな長いと息切れるよ。」
マフラーの巻きをはずして前を開放した。
うっすら汗が出ていて、もはや寒さはぶっ飛んでる。
「この季節じゃないと~、こういうの。」
「・・・のんびり歩くのもいいのに。」
「誰のせいよー。」
睨んでから、お互い顔を見合わせなんとなく笑いあった。カフェテリアには美作さんと桜子がいて、合流するとクリスマス・イブの予定話で盛り上がり、続いて初詣の話しへ、そして、元旦にみんな誘って出かけようとなった。
「総二郎から返事きた、午後ならOKだってよ。」
「滋さんもOK。」
「でも、西門さんはお家のなんだかんだあるだろうし、大丈夫なのかな。」
「オヤジさんが健在なうちは、大概いいんじゃねえの?
そのうち、司みたいに忙しくなるんだから今のうち。」
「まあね・・・。」
「ねえ、先輩、着物で行きましょうよ。」
「っていっても、あたし、持ってないし。」
「桜子がぜ~んぶ揃えてお貸ししますから、ねっ!?」
「歩きづらいよ。
人ごみだしさ、高いもん着て歩かなくても。」
「大丈夫、大丈夫。
ドレスに宝石もいいけれど、和服着て楚々と歩いてこそ、大和撫子。
ナデシコ・ジャパンですよ!」
「は?」
「日本人が一番キレイに見えるデザインなんですから。
道明寺さんと結婚したら、着物での出席とかあると思いますよ。
覚悟してます?」
「わ・わかってるよ、言われなくたって。」
「じゃ、決まり。
桜子、着たい着物があるんです、良かった~。」
「な~んだ、あたしはそのダシじゃない。」
「いいじゃん、楽しみ、牧野の晴れ着。」
類がニッコリしてる。
「もう、・・・ったく、しょうがないなあ。」
つづく -
happyeverafter20 20.
「あ~、わかんない。」
「・・プッ、何、ブツブツ言ってんの。
全部、聞こえてますけど。」
「えええっーー!!やってました?も~、恥ずかし。」
「おもしろいけど。」
大きく息を吸い込んで、バタリと背もたれに背を預けた。
「類くんに内緒にされたら嫌だろうけど、怒るのはお門違いだよ。」
「お門違い?」
「つくしちゃんはカレシとのこと、逐一報告してんの?類くんに。
聞いて欲しいところだけ話す?だよな、友達なら。 約束ないから、罪悪感も湧かない。」
「・・・。」
そういわれても、私はカレシにあまり報告しない性質であり、もしかしたら、類の方に日常のことなら色々報告してるし。
「っ・・・その彼氏ってのには、いつでも話せる状態にないもんで。」
首をすぼめて見せた。
「おーう、そうそう、遠距離恋愛だったもんな。んで、どうなってんの?あれから。」
上沼さんには前にも相談にのってもらったことがあるし、こんな感じ・・・って話してみた。「もしかしたら、春先に少し長めに日本帰国できるかもしれないって、仕事頑張ってる。
だから、しょうがないんだ、年末は。」
「じゃ、二十歳のお祝い、また優紀ちゃん達と集まるか。せっかくの大きな節目だし。」
「はい!じゃ、楽しみにしておきます。
今度はお酒飲みますからね、上沼さんには負けませんよ!」
ニコリと笑って見せた。
「強気な事言って。
鍛えられてるぞ、この肝臓。
マジでむちゃくちゃしたからな。
サワーの一気は挨拶で、安い焼酎でバンバンいくわけ。
ドンブリになみなみ注がれて、両隣の奴らといっせいに空にして。
延々と飲まされ、どいつかわからん奴の残り酒もドンブリにぶち込まれて、いろんな手から盛られて・・・、しまいに皿のトマトとかキャベツとか放り込まれだして。」
「ゲッ、それ、飲むの?」
「おう。
ハハハッ・・・気持ち悪いだろ。」
「う~、想像したくないです。」
「いいよ、想像しなくても。
俺も思い出したくないわ、ハハッ。」
そう言って、上沼さんは爽やかに笑った。
「あたし、類に思い切って聞いてみようかな。」
「付き合ってるのかって?」
「うん。
自分から言い出しづらいのかもしんないしね。
でも、ムカツク、こっちから聞くのも。」
上沼さんの反応を見ようと、上目づかいで見上げてみた。
「・・・まっ、つくしちゃんは待ってられなさそうだし、仕方ないな。」
「いくらでも待てます!辛抱強いって言われてるんですよ。
でも、応援してあげたいし、聞くくらいなら。
上沼さんは知らないですけど、私は恩返ししなきゃいけないんですよ。」
「俺のアドバイスなんか要らないね。」
面白そうにニヤニヤ笑っている上沼さんは、腕なんか力強そうで、短髪で精悍な横顔で。
その落ち着いた話しぶりのせいか、恋愛経験の差なのか、まるで私達の色恋沙汰は全てお見通しみたいな余裕を感じる。
すぐ隣にいるのにすごい差を感じた。
一人置いてきぼりをくった妹みたいに、上沼さんを見つめながら唇をかんだ。
「もう、上から目線なんて、どんだけオヤジなんですか。」
「えっ、ゴメンゴメン。
俺、6つしか上じゃないぞ。
つくしちゃんの彼氏になれる年だからな、言っとくけど。」
「はいはい。」スポーツ店を出ると、ググーッとお腹の虫が鳴った。
流れで上沼さんに甘えることに。
焼き鳥をつまみながら、遠恋失敗経験ある上沼さんが講釈を述べる。
彼に言わせると、私はそんなの向いてないそうだ。
マメじゃないから。
学生なんだから動けるだろ?とか、彼氏に旅費を出してもらえ!だとか・・・無理なことばっかり言われて、負けずに対抗してみたけど、斜め上からずっとニヤニヤ笑われてた。
翌日は大学へ行った。
銀杏の葉はほぼ落ちて、真新しいのはやけに黄色がきつく見える。
踏まないようにそっと歩き、講堂を横目に古い建物をぬけると、目的の場所が視界に入った。
カンカンカン・・・上がっていくと、やっぱり居た。
「る~い!」
類は携帯で遊んでいた。
屈んで、耳のすぐ横で聞いてみる。
フワッと柑橘系のコロンの香りが鼻先をかすめた。
「何やってんの?お昼食べた?」
「うん?・・・まだ。」
携帯画面はモバゲーの農園のやつ、類は顔を上げもしない。
紺色のダッフルコートの横にくっついて座った瞬間、今朝してきた朝シャンの甘い香りがひろがった。
「きゃっ、カワイイ、モグラ?なんで、捕まえるの?」
「・・・。」
返事はなく、類は画面に見入ってる。
しばらく二人とも無言で、類の細長い指だけがせわしく動いていた。
「水やりだね。大根、それ?ジョウロもかわいい。
ねえ、それ、簡単?面白いの?」
「う~、牧野、うるさい。」
「いいじゃん。
だいたい、類がモバゲー始めたなんてさ、意外で意外で。」
目を大きく開けて正面に回ると、類もこちらに目を向け、視線が合う。
「西門さんも厄介なもん、類に押し付けたよね。
どうせ、モバG狙いなんじゃないの?美作さんもでしょ。」
「あきらも。」
「やっぱりね。」
次画面は作物の収穫みたいで、類はどっかから応援よんだみたい。
「こっちが花沢類だって知らない人?
何か不思議、類の周りにどんどん仲間が増えていってる感じだね。」
「・・・。」気になってた事を切り出した。
「ねえ、友里ちゃんと昨日も話してたじゃない? 何かあった?」
「何?」
「友里ちゃん・・・就活で問題でも?
だって、真剣そうに話してたから。」
「とくに何も。」
「・・・何、話してたか聞いてもいい?」
類は顔を上げてきっぱり言った。
「牧野に関係ない話。」
ズキッ・・・。
こっちは遠慮して聞いたのに。
「・・・。」
応援してあげたい気持ちも失せそう。
むしゃくしゃして、体育座りで曲げてた両膝を類の方へドンと倒した。
すると、類はバランスを崩し、携帯持つ手を地面に置いた。
「・・・んもう、何だよ、牧野。
邪魔すんなら、あっち行って。」
ハアーって、ため息までくっつけて。
にらみ合う形になったけれど、類がすぐに折れて口を開く。
「牧野、ちょっとだけ静かに待っててくれない?キリがいいとこまで。」
またゲームの体勢に戻った類。
私は向かい側によっこらしょっと座り、携帯のメールチェックを始めた。
静かな沈黙が流れた。
しばらくすると、類が画面から目を離さないまま聞いてきた。
「昨日、上沼さんにちゃんと家まで送ってもらえた?」
「ああ、うん。」
「そ。」
「もちろん、家の前まで送ってくれたよ。」
「なら良かった。」
視線を合わせない類を、反対側から眺め見る。
類に彼女ができたら、こんな風に近くに居るの遠慮しないとダメかな。
理解してもらうのって大変だよね。
類は道明寺から頼まれたと言って、私達を応援してくれてるんだから、私だって返さないと。
チラリと目を上げた類の口元がカープを描いて微笑みに変わった。
「・・・仔犬買ったら、終わるから。」
「はい?仔犬?」
「うん、番犬に育てるから。」
いそいそとボタンを押す類が子どもみたいで可愛く見える。
類と会えないと寂しくなるな~って、艶のあるサラ髪を見ながら何気につぶやいた。
つづく -
happyeverafter19 19.
典型的な冬の日、静かに重く垂れ込めた空が体育館を覆っていた。
対照的に、館内には白く眩しい蛍光色があふれており、コートで見せる歯並びや指の一本一本まで隈なく照らし出していた。
年内最後の試合。
ユニフォームに包まれたしなやかな身体が重なり合っては、瞬時に離れる。
髪から腕から顔から汗がほとばしり、耳慣れた笛のピピーッやバウンスのダンダンダン、スピードにのった暴音が乱暴に天井を突き抜けていく。
白熱した試合。
反響したバッシュの鳴きは、遠い歌声のようにくぐもって、館外へ漏れ出ていた。
忙しい師走に練習試合とは。
けど、恒例行事らしく、年越しゲームでおしまい!が全てにおいて了解だった。
「上沼さん!ボール確認しておきましたけど、今日、上沼さんでいいんですか?」
「おう、全部な。」
「わかりました、お願いしますね。」
「ドアんとこに置いといてくれればいいよ。
俺が運ぶから。」
「んじゃっ、カゴ、取ってきますね。」
「おうっ。」
Spanky’s共有の道具類は、次の練習まで誰かが預かって持ち帰ることになっている。
必然的に移動手段が自家用車、それも、大荷物に勝手いい車の保有者が交代で持ち帰るのだけれど、今回は一ヶ月先までと長い。
上沼さんが持ち帰ることになったらしく、せめてお手伝いをと気を利かせたつもりだった。「類くんはよかったの?」
「類?」
「・・・うん・・とか色々さ。」
上沼さんが車のハッチを開けながら聞いてきた。
「類にはいつも乗せてもらってるから、今日は違う車で・・・ナンって。
さっき事情を伝えときましたし、問題ないですよ。
よろしくお願いします。」
マネージャーとしての仕事があった。
コーチの家に仕分けものを届け、道具の1つ、空気入れの交換とついでにそこで物品補完も。
だから、上沼さんを制し、帰りは類の車ではなく、上沼車に乗せてもらうことにした。
上沼さんは荷台のボールを触りながら振り返り、ニーッと笑ってくれた。
「んじゃあ、行くか。」
「は~い。」
車が動き、体育館の横を抜けると、類と友里ちゃんが話しているのが目に入る。
またあの二人、あんなところで向かい合ってる。
背を向け話してるのが類、それに対し、友里ちゃんは憮然としてる様子が窺えた。
気のせいか二人が近い。
じっと立つ二つのシルエットが違和感のあるものに見える。
あんな風に近寄ったまま話す類はめずらしいと気付いた。
「アレ?類くんと友里ちゃんだよね。
言い合ってるんか?・・・喧嘩じゃないよなっ。」
ハンドルを回しながら、上沼さんがつぶやく。
「ほんと・・・。
あの二人、前もああやって話してた。
仕事の相談だって聞いたけど、今日は違うみたい。」
見えなくなるまで、ずっと二人から目が離せなかった。「気になる?」
「っ??」
車はとっくに体育館を後にし、幹線道路に入っていたようだ。
即座に顔を小刻みに激しく振った。
「い・いえ!」
「妹が友里ちゃんを連れてきた時、言ってたな。
類くんのことを質問攻めしたんだって、女関係とか趣味とかさ。
二人を応援してたみたいで、教えてあげろってうるさかったけど、俺もよう知らんし。」
「うん。」
「でも、本人は違うって否定してたし、何も無いと見てたけど、実はあの二人、出きてんのか?
俺、なんも聞いてないけど。」
「私も・・・な・にも。」
アレ・・・どうしてだか、声がかすれて心臓の鼓動が早くなる。
胸を大きな重しでギュギューーっと押えさつけられたみたいだ。
息が苦しい。
ちょっと待った、息吸わないと。
類から何も聞いてないし、そんなことを想像したこともなかった。
「えっ?つくしちゃんも知らないの?じゃあ、単なる喋りか。
確か、友里ちゃんもどっかの社長さんのお嬢様らしいから、家柄もよろしく似合いの二人だけどな。」
「へ?・・・。
そ・そうですよね・・・友里ちゃん、お嬢様って感じ、ガンガンしてましたよね。
社長令嬢でしたか・・・、やっぱね。」
「だろ?」
「はあ~~、そういうことでしたか。」
少し力がぬけた。
思いのほか、肩に力が入ってた。今見た光景も、前に見た光景も、とにかく告白が始まりだったのか。
でも、今までの類なら、冷酷なほどキッパリ伝えたはずの“NO”。
近づき難い雰囲気は、このクラブ内ではもう無いといえ、躊躇無く無表情に、薄茶の瞳は何も映さないまま、形の良い唇から吐き出していたはずだ。
白・黒ハッキリは道明寺も認めるほどで、ギロチンのように、はかなく瞬時に終わっていたはずなのに。
それが違ったってこと?
類はちゃんと友里ちゃんに向かい合って話してた。
友里ちゃんは可愛い。
助けてくれる大切な仲間でもあるし。
まだまだ成長中って言ってた意味はそれ?私には何も話してくれなかった。
心配するなって言ったのは、この事に口を挟むなって言いたかったの?
でも・・・まさか?
「友里ちゃんは類のことがずっと好きだったんですか?」
「何、意外だった?だって、類くんはモテるでしょ?」
「ああ、そりゃもう~、ウジャウジャ・・・。」
両手の指を曲げ、円を描いてウジャウジャ度を説明した。
英徳時代を思い出す。
F4が現れると女共がキャーキャーと我先に窓際に集まり、すごい賑わい。
中でも、ミステリアスな類は大人気で、何人もがこっぴどく玉砕されたと耳にしたものだ。
あの二人、類は断らなかったってことか。
ひつこくごり押しされてるとか。
会社つながりで断れない事情があるとか。
チームのため、無情に突き放せずとか。
そんな事情が?
曲がりなりにもこのチームの主要ガード、責任感や協調性も少しは見受けられる昨今である。
いや、賭けても言える。
付き合う気がないなら、一ミリたりとて隙を作らず、中途半端な返事なんかしない、後の事は考えずにバッサリバサバサ切り捨てる。
後は聞く耳もたないに決まってる。
静さん以来、あの容姿でも女っ気なしできた。
「友里ちゃんは類が目的でクラブに入ったんですか?」
「少なくとも、俺には真面目に入れて欲しいって意思が強く感じられたからなあ。
それに気立てのいい子だろ?」
「うん、一生懸命だし、いい子だと思う。」
「な?
まっ、いいんじゃないの?
二人が付き合っても。」
「う・・ん。」
類の気持ちが計り知れない。
私、何してたんだろ。
すごく唐突な話だと思うし、同時にひどく合点がいくような、相容れない感覚が混ざり合うのって、案外、デンと目を開けたまま静かに胸の中に入ってくるものだ。
ふと浦島太郎みたいと思った。
夢のような時間と引き換えに、おじいちゃんになって可哀想に。
びっくりを通り越してだけど、沈む太陽のように見つめるしかない。
類、大きな心境の変化があった?
ひょっとして、あれは痴話喧嘩だったりすんの?
いつの間に・・・全然気付かなかったけど・・・深く深くため息がでた。
考えがあって内緒にしてる?
私はずっと近くにいたよ、本当に・・・水臭いよ。
まったくもう・・・。
つづく -
happyeverafter18 18.
バラのアーチには小粒のライトが星屑のように散りばめられ、ビッグ・サンタと7人の小びと達がド派手なネオンをまとって歓迎してくれていた。
期待通り!
ウキウキさせてくれる美作邸!!
「ウッス!」
部屋に入ると、西門さんがドアの側で、古めかしいLP盤を一枚手にして突っ立っていた。
「おうっ、来たな。」
左耳に並んだ黒いピアスとダイヤのピアスがダブルで目に付く。
上から3つボタンのあいた黒いサテンシャツ、あいかわらずホストみたいに妖しい魅力を放っていて、女を惑わす香りでも分泌しながら歩いてんじゃなかろうか、この男。
「西門さん、久しぶり!」
「おっ、勤労処女。
類、ちょうど良かったわ。
これ終わったら、後はお前が選んでいいぜ。
ホレ、あきらのお宝。」
西門さんは両手でジャケットのLP盤を持ち、長細い手足を優雅に動かしながら横切って行った。
ほどなくして、滋さん・桜子がやってきてパーティーが始まった。
滋さんは入ってくるなり、マシンガンのようにしゃべりまくり、桜子も破目をはずさんとばかりビールにワイン、何杯も飲んですっかりご機嫌さんになっている。
「つくし~、もうじき誕生日だよね~。
司、帰ってこないのかな~?
突然帰ってきて、つくしをビックリさせるの。」
「あいつ?
忙しそうだよ、当分無理そう。」
最近の会話を思い出し、そう返事した。
「え~~っ!?ハタチだよ、ハタチになる誕生日なのに?」
「先輩、まるで倦怠期の夫婦じゃないですか。
クリスマスくらいは、どうせ向こうも長い休みなんだから。」
「そうでもないみたい。
クリスマス・ホリデーは残務処理って。」
「司、鬼のように詰め込んでるな。」
そう言ったのは薄い萌黄色のシャツを着た美作さん。
肩まで伸ばしたウェーブヘアをゴムで1つにくくり、ワインを手にする度に手首のロレックスがキラリと光ってまぶしい。
桜子がグラスを空にし、美作さんの前に突き出しながら、「同じの頂戴!」とすごみをきかせた。
相当飲んで、すでに目が座ってる。
美作さんは大きなイタリアン・ソファーからのっそり立ち上がりながら、「飲みすぎじゃないか?」とぼやくけれども、新しいグラスを用意したり、ジューシーな果物をお皿に取る仕草はあいかわらず紳士的にスマートで、飲みのスイッチが入った酒豪桜子の横でも決して嫌な顔を見せないのはすごい。ふと、滋さんがジーッとこっちを見ているのに気付くやいなや、変なことを言い出した。
「なんだか、類くんとつくしが付き合ってるみたいだよね。
だって、類君、つくしばっか見てるし、つくしも類くんにべったり。」
「へえ?」
思ってもいなかったことを突然いわれて、最初はキョトンとした。
「司、知らないんでしょ?こんな風になってるの。」
「へ?・・こんな風って、どんな風よ、前から変わらないわよ。
ただ、ホラ、LP盤って珍しいし・・・類は詳しそうだから。
普通だよ、別に。
ねえ?」
コクリ。
類に賛同を求めると、サラリと流し頷くだけだ。
「週末もでしょ?バスケで。
二人だけで、ズルイ。
滋ちゃんもバスケ出来るし、上手いのに。」
「いやいや、滋さん、男子のチームだって。」
「大河原、類はともかく、牧野はすっかりバスケにはまってるぜ。
そっとしとけ。」
西門さんが口をはさんだ。
「ねえ、類くんは?
類くんはつくしと一緒にいて平気?」
「・・・?・・」
類はゆっくり瞬きをしながら滋さんの方に目を向けた。
「俺は牧野が大切だと思ってるし、ずっと変わらないよ。」
っぷ、改めて言う?
「それに、バスケも面白くなってきた、いい運動だし。」
そういって両手を真上に上げ、大きく伸びをする。
「へー、類、そういう風に思っててくれたんだ。
誘ってよかった。
学校で真剣にやってたら、もっと上手くなってて、どっかのプロから勧誘があったかもね。
ホント、上手いもん。」
「まっさかっ。」
フっと笑いながら、自分の指を曲げたり伸ばしたり。
太腿に片手を置くと、続けて関東リーグ試合結果と自分のポジションについて話し出した。
キャプテンや門脇さんのことにも触れ、spanky’sメンバーの話をするのには驚いた。「おい、あきら、類は前からスポーツ青年だったか?
バスケって、まだ団体競技のままだよな?」
「あ~、俺も驚いた。俺ら以外の奴と・・・。」
それを聞いて、少し拗ねた様子の類。
唇をとがらせ、ジロリと二人をにらむ。
そして、首をギコッギコッと音たて曲げながら、何気に二人を見て言った。
「たまには運動すれば?」
西門さんと美作さんは二人顔を見合わせポカーンとしている。
「「なんだ?」」
「あんた達もあたしの作った体力作りプログラムする?
容赦しないよぅ。」
「「い・いえ・いえ、遠慮しときます。」」「ホラ、チケット!」
クリスマスプレゼント交換会では、縁あってチケットを手に入れた。
にんまりと笑顔を向けると、類も返してくれる。
酔い覚ましにベランダの窓を開け、設えられたベンチに二人で腰掛けた。
「ねえ、類、今日はやけにご機嫌だった?
バスケの話を話して聞かせるなんて。」
「そ?少し自慢してやった。」
「ははっ。
実はちょっとさ、最近の類、元気ないから心配してたんだ。」
「・・・。」
「ね?」
「ああ・・・、サンキュ。」
「うん。」
「頑張って持ち上げてみた。
自分で自分を盛り上げなくっちゃ!だろ?
牧野の言葉、実践してみただけ。」
「はぁ。」
「団体競技が面倒じゃないっていうのはホントだし。
牧野にも感謝してる。」
「どうしたの?改まって変だし。」
「俺のこと、いくつだと思ってる?
少なくても牧野より1つ年上だし。
ちゃんと大人になってんの・・・まだまだ成長中。」
類はベンチに座りながら、伸ばした両足をそろえ両肘を後ろの窓の桟におき、胸から足まで一直線の格好で天井を見上げた。
そうやってみると、確かに長くて立派な体躯。
そして、サラサラの茶髪が後ろに流れ、骨ばった顔のラインが際立つ。
喉仏がボコッと突き出て、すごく男性っぽく見えた。
「ごめん、バカにしてるわけじゃないけど。
類がいつもと違うような感じがして気持ち悪い。」
ジロッとこっちを見る。
また拗ねるのかと思ったら、天井に視線を戻し小さなため息をついた。
「牧野が心配してくれなくても、自分の事は自分で始末出来る年齢ってこと。
だから、もう心配とかいいから。」
「・・・うん。」
心配されたくないのか。
弟みたいにぞんざいに相手したり、手のかかる少年みたいに過保護に扱ったりしてきたけど、それは類が不出来だからというわけではないんだよ。
私が勝手に好きでやってただけ。
すごい事して感心させられるたび、それは全部、“F4の類だから“で納得してたけど、花沢類はそこで止まってなくてもっと先へ行くつもり?
まだまだ進化してるんだね。
少し複雑な気分だよ。
つづく -
happyeverafter17 17.
あの日から、類が何かに囚われてる。
階段の踊り場では、柵の間を睨みつけ、息が止まるような重い空気をまとっていた。
ある時は、その瞳にまだらな薄雲を映したまま消えてしまうかのようで、あまりに寡黙すぎた。
ああ、どうしちゃった?・・・もともとおかしな所あるけどさ。
病気?微熱でも続いてる?
呼びかけると、薄茶の瞳をキュッと細め、さわやかに口角を上げる・・・いつも通り。
雑談も変わらない。
やっぱり気になって、「どうかした?」って尋ねても、「牧野こそ。」って飄々と返事が返ってくるし。
けど、絶対、変。
よくよく思い出しても少なくなった口数とジョーク。
きっと・・・何かある。
ヤバイ、こんな時、力になってあげなくてどうするあたし。
何ができるだろう。
そんな中、やってきた恒例クリスマス・パーティー。
愛くるしい美作邸が目に浮かんで、旧友との憂さ晴らしに期待し準備に精を出した。マンションの玄関口で待っていると、磨き上げられた類の愛車が目の前で停まった。
ウィンドウが下がり、類が私の全身を捕らえたよう。
「おまたせ。
おっ、牧野、やっぱ似合う。」
「同じワンピ着なくてすんだよ。サンキュ。」
満足そうに口元に笑みを浮かべる類を見て、ひとまずホッとする。
私は大きくあいた衿元にボアの付いた白いニットを着て待っていた。
類から贈られたクリスマスプレゼントだ。
「・・・司からのプレゼントはつけないの?」
「あのイヤリングとネックレス?」
「うん。」
「だって、赤い石がついてて目立つもん。」
「じゃ、俺の勝ち。」
「・・///。」
ゲームに勝ったみたいに喜んで目を輝かせる人。
少年のようにキレイに微笑むから、いくら友達だといっても、この笑みに気を悪くする女の子なんていない。
結構、胸に響く・・・もうバレバレだろうな。
「牧野クイズがあったら、俺、優勝かも、司を抜いてさ。
俺の方が当てる自信あるし」。
「ははっ・・・そんなのあったら、あたしが出る。」
「俺にしたら?今日から。」
「へ?/////。」
「クッ・・」
類は満足気にアクセルを踏み込んだ。
冗談さえ毎回ドキッてしてしまうのだから私も成長ないけど、相手はF4の類なんだから、致し方ないとしか思えないし、前からのこういう関係=友情の証し?慣れてるし・・・仕方ない。
けど、黙ってるのも負けっぽいから。
「あ、あのさ、じゃあ、お願いしとくよ。
未亡人になったら、そん時にお世話になりますから。」
「ゲッ・・・司、お化けになって出てきそ。
俺、呪い殺されたくない。」
「言えてる。
あと、あたしから言っとくからね。
女子大生にトゥーマッチなプレゼントだから困るって。
だから、類からは何も言わなくていいんだよ!」
類は了解!と鼻先を上に向け、一振り大きく上下に振って、走りのスピードを上げた。「そうだ、ねえ、類。
今年のプレゼント交換は、ぜったい私の当ててよね。」
「っ・・何?」
「中身、聞きたい?」
「じゃ、聞く。」
「あのね、観戦チケット!ペアよ!
Japanチーム vs NBA有志のチャリティー試合でさ、目玉にBoston Celticsのラリー・BとNY knicksのDavid Leeが来るらしいよ。
K競技体育館で盛大に行われる桜祭りあるじゃない?
あの体育館でするんだって。
遠くないし行くしかないでしょ。」
「バスケ?試合?」
「あったり前よ!ペアチケットだから、類か私かどっちかが当てればいいわけ。」
「俺達以外が引いたら?」
「うん・・・まあ、それはそれで・・・喜んでくれるかと。」
「牧野の勢い見たら、みんな遠慮してくれんじゃないの・・・っ。」
カバンからチケットが入った封筒を取り出し、目の前で願かける。
「今回は当たりますように、ねっ!」
「・・・力入ってんじゃん・・・すごく楽しそう。」
「プレゼント交換は、時を越え万人にとって楽しいもんでしょ!」
「クスッ・・・牧野が、だよ。」
「そうそう、自分で自分を盛り上げてかなくっちゃ。」
フワッと空気が和んだ。
「俺、牧野に似てきたのかな・・・浮上できそ。
楽しみになってきた。」
「・・・」
「・・・ンション、上がる。」
「何が上がる?」
ボソリと聞こえた声の根元には、柔らかな笑みが広がっていて、季節を間違えたタンポポのように目を引いた。
類が嬉しそうにニタリと笑ってる。
心配が霧のように散っていき、考え過ぎでしたってオチの展開。
けどまさか、類の元凶がパッと消えるはずはなく、でも、とにかく今は大丈夫そう!
類の心の中が全部見えなくても、今、横で楽しそうなのだからそれでいい。
楽しそうな顔見ると・・・私も嬉しい。
窓の外は人もネオンも華やいで、クリスマス色でいっぱいになる予感がそこかしこだ。
ちょうどJackson 5のSanta Claus Is Coming To Townが流れ、幼いマイケルの声が車内に響き出すと、類のハミングが重なり出した。
思わず気持ちが弾むような可愛くて軽快なメロディー。
行き先は、甘くて美味しい聖なる祝い。
優しい音色が気持ちよい中、類の満足そうな横顔を見つめた。
落ち込むことがあっても、サンタさんが吹き飛ばしてくれる、きっと。
フ~フ~フ~~♪フフ♪フ~
そんな軽やかな気持ちに包まれた。
つづく -
happyeverafter16 16.
ベットに寝転びながら、例の雑誌を眺めていると、だんだんむかついてきた。
どうしてプロムなのよ。
本場がどんなもんか知らないけど、あれって宣戦布告のだったじゃない!
大切な大切な約束の。
どうして入れたの。
立ち上がり、一週間ぶりにパソコンのキーボードに指を乗せた。
『道明寺、見たよ、週刊誌。
仕事なんだろうけど、他に・・・』
あ~ん、ちがう。
消去。
消去を繰り返した挙句・・・
『道明寺、元気?
こっちは試合で準優勝まで行って、打ち上げ行って帰ってきたところ。
類がバスケ上手くなってるよ、見たらビックリするから。
バスケ以外は変わってないけど。』
それでポンッ!もう一度、雑誌を手に取り眺めてみた。
それにしても・・・似合いすぎだってば。
嫌味もしらけてきて、天井を見上げながら考えてみた。
もしも・・・って色々。
もしも、私がNYへついて行ってたら。
写真のコネチカット嬢の顔が私とすり替わってた?いや、ブルブルブル~、マジ、勘弁。
F3いないし、だ~れも助けてくれない針の筵だろうし。
ヘラヘラ笑ってる島国育ちのアジア娘が絵になる?
可愛そうに目立つだけでしょ。
あ~、せめて、この体格だけでもメリハリあれば。
もしも、お金払って、ゴージャス・ボディーに改造してもらったらまだ?
いやいや、桜子じゃあるまいし、お金がもったいない。
痛い思いして、誰が払うか。
いっそ、アメリカ人になってしまえば、会話もラ~クラクで、道明寺家パーティーで華麗なるホステスに!
インポッシブル、阿保らし。
結局、道明寺は道明寺、私は私の世界で何も交わってないんだよな。
将来、公の場はずっとパスでよろしくって我儘言えるのかな。
道明寺、あんたは何でもなさそうに言うんだろうけど。
あんたの血管には上流の血が流れてて、こっちはどうせ庶民。もうすぐ師走、クリスマス商品もあちこちで見かけるようになった。
年内は交流試合を残すのみで、あとは年明けまでspanky’sの活動はお休みとなる。
練習を終えるともう外は真っ暗で、ガラスドアから冷たい隙間風が入ってくる冬日だった。
ふと見ると、外の暗い渡り廊下の先に、類と友里ちゃんが立ち話してるのが見えた。
外はむちゃくちゃ寒いのに・・・。
10分後、再び通ると、二人はまだそこにいて話し込んでいる。
友里ちゃんが話をして、類が一言・二言返しているみたい。
一体何を話してるんだろう?
ドアをあけ、二人に声をかけた。
「もしも~しお二人さ~ん、そんなとこにいたら、風邪引くよ!!」
二人が振り向くと、驚いたような顔していた。
類がこちらに歩き始め、通りすがりに私に、「牧野、帰ろ。」とボソリ。
そして、そのまま一人で中へ入っていった。
友里ちゃんも、トボトボ歩いてきて、近くまでやってくるなり。
「ゴメン、類さんにお仕事のことで相談にのってもらってたの。」
「仕事?」
「ん?まあ、将来のね。
あ~、寒い、中に入って、あったかい物でも飲もうっと。」
「うん。」体育館の帰りは、行きと同様、類の白いポルシェに乗せてもらった。
「ねえ、今度の相手、身長190センチの選手が2人もいるんだって。
うちにも、橋口さんがいるし、上沼さんや門脇さん、類だって運動神経じゃ負けてないと思うけどさ。
類、頑張ってよねー。
何といっても、終わり良ければ全て良し。
今年、最後の試合だかんねー。」
「・・・。」
「ねえ?類?」
「えっ?何?」
「聞いてなかった?
だから、交流戦、頑張れって。」
「う・うん。
もちろん・・・頑張るでしょ。」
「相手、手ごわいんだってよ。」
「任せろっ。」
少しだけ笑って、拗ねたように口をとがらせる類。
「そういえば、友里ちゃんと外で話してたでしょ?
あたし、お邪魔しちゃったかな。」
「べつに。」
「仕事の相談って言ってたけど。
そっか・・・忘れてた。
3回生の12月っていえば、リクルート?
もう決まってる学生もいるはず、何か言ってた?就職するんだよね、決まったのかな。
あ~相談って、類は一応大きな会社にコネもあるし?
マジで就活が大変だってニュースでやってるもん。
類、ちゃーんと相談にのってあげないと。」
「・・・。」
「就活、大変だって言ってたでしょ?」
「知らない。」
「ったく・・・、肝心なこと抜けてる。」
「・・・。」
「友里ちゃんなら、きっと上手くやれるね。」
「やるんじゃないの。」
類は前を向いたまま、みじろぎもせずに運転していた。
その長い睫が街灯の黄色い光を受け、暗い数本のシャドーを作っている。
鼻筋に強いライトがあたり、綺麗な鼻筋が目立って見えた。
落とされた前髪は二手に自然と掻き分けられ、私の大好きな薄茶の瞳の上にかかっている。
赤信号で車が止まると、前を向いたままの瞳が赤茶に透けて見え、まるで甘い紅茶飴みたいだと思った。
いつもより、固い横顔に見えるのは、強い赤いライトのせい?
両手はしっかりハンドルを握り、いつもよりどことなく、動きが少ない感じがした。
気のせいかもしれないけれど、いつもと違う。
ずっとべったり一緒にいるんだから、やっぱりわかるよ。
話は上の空みたいで、反応が遅いし。
信号待ちには、たいてい私の方を向いてくれるのに、ちっともこっち向かない。
何か変!ってハッキリしてる。
でも、まだ何も知らなかったから、何も言ってあげられずで、合わせるしか出来なくて。
類はあの日、混乱してたはず。
だよね、だよね、誰でもそうなると混乱するに決まってる。
ごめんね、類、ちっとも気付かずだったよ。
アパートが近づくと静かに車が停止し、降りようとした私を類は腕を握って引き止めた。
めずらしくストレートに。
「牧野、待って。」
掴まれた左手首が痛いほど強く握られている。
「もう少し、一緒にいてくれない?」
「?」
「?」
「どしたの?」
類の瞳はあいかわらずの私の大好きな優しいもの。
でも、切羽詰ったようにこっちをじっと見ていて、何ていうか、急に自分の胸が悲しくなって苦しくなってきた。
「・・・類?何かあったの?」
「・・・。」
「ねえ、言ってみて。」
「いや。」
「どうしたの?」
「別に。
ただ、冷えすぎたかな。
あったかいもん食いに行くの付き合って。」
「車の中あったかいじゃん?
じゃあさ、うち来る?パパもいるから喜ぶよ。」
類はいきなり私の左手を引き寄せ、自分の心臓に当てた。
きゃっ!
「ほら、まだ俺の心臓、解凍してない。」
「っ?」
「もっかいちゃんと座って。」
「ど・・。」
類の力は断りきれないほど強く、シートにもう一度体を滑らせた。
「遅いし、外行こ。」
返事を待たずに車を発進させる類。
視線は遠い何かを捉えたように固く、私はただ横からリアクションに戸惑いながら、眺めるしかできない晩だった。
つづく -
happyeverafter15 15.
準優勝のお祝いは、門脇さんの仕事関係先のイタリアン・レストランだった。
それにしても、かなりハイグレード。
体育会系ノータイ、打ち上げグループにはアンマッチで、13世紀の古城みたいな立派なシャンデリアと重々しい絵画が、ジャジャ~ンと備えられてる。
最近のイタリアンって、色数少なくシンプルな内装ばかりと思ってたのに、こんなお店もあるんだ。
「すごーい、この部屋。
ひょっとして、門脇さん、この絵が本物ってことないよねえ?」
部屋の中央にかけてある、森で狩りに興じる貴族達の絵を見ながらつぶやいた。
フレームだけでも目が飛び出るくらい高価にちがいない。
「まっさか、レプリカだろ。模写。」
「ふ~ん。
それにしても、こんな所で酔っ払って平気なの?」
「オーナーの趣味でね、高じてこんな店作ったらしいけど、この不景気で経営が厳しいらしいわ。
どんどん気安く使ってくれってさ。」
門脇さんは、おもむろに類に向き直り、切り出した。
「そいえば、類くん、○○フーズって花沢物産の傘下だろ?
ここに資金提供の話があるって噂聞いたけど、知ってる?」
類だけが、この調度品の中、ひどくマッチしていて、家主のようにリラックスしている。
門脇さんに顔を向け、ゆっくり頭(かぶり)を振る。
「学生だからな、類くんは。」
「入社もしてないのに分かるわけないじゃないですか!?」
「だな。」
「ちゃんと言っときな。 会社のことは聞かないでください!とか。」
「知らない・・・関係ないし。」
類の非協調性はやっぱり神的手ごわい。
まだまだ話題によるわけで、地雷なのが類のバックグランドに関わる話だね。「“関係ないし”っか。」
お酒が入った上っちさんが、類の口調を真似て小さくボソッと。
周囲に笑いが沸く。
「類くんのそういうのさぁ、けど、どうなんかな。
制約もあんだろうし、面倒そうだけどさぁ・・・でもなあ。」
類は言い返しも、睨んだりもせず、ただ残っていたジョッキのビールをグーッと飲み干しただけ。
一方、上っちさんはなおも続けて、焼肉を焼くみたいに類をテーブルに載せしゃべってる感じだ。
「だって、類くんでも新人からスタートだろ?
もうちょっと、どうよ、言葉に気を遣うっちゅうかさあ。」
まあそれは、私も心配してる。
ようやく、頭をカキカキするリアクションを見せた類。
「お金持ちの人って、窮屈なお見合いに縛られたり、他に職業(しごと)選べないですし・・・可哀想。」
優紀が類の肩をもった。
F4の事、わかってくれてる優紀らしい。
「本社ビルが一等地にあって、優秀な人材がたくさんいるんだろ。
秘書とかも?こう、ナイスバディで・・・。」
「残念ながら、上役の秘書さんは全員男でしたよ。
類、少し答えてあげれば?」
渦中の類はどういう神経してんだか、デザートを選り好み中。
えっ?もう、デザート?
思えば、昔の類は、露骨に無視して、『うるさい!帰る。』と言い出してたかもしれなくて、それを思えばすごい進歩だ。
丸くなった。
だけど、“関係ないし”はない。
それどころか。
「牧野、これ抹茶ババロアだよ。食べる?」って。
器用なくせに社交辞令は・・・。「あっ、あの、私も聞きました。
このお店、○○フーズさんのお陰で持ち直せるって。」
突然の友里ちゃんの声に、一同振り返った。
見つめられ、あわてる友里ちゃん。
「いえ、詳しくはわからないんですけど、救済されるみたいですよね。
このお店って、誕生日やクリスマスに人気で・・・そんな噂、聞きました。」
「噂が広まってるわけ?」
怖ぇ・・・とつぶやく門脇さんを傍目に、さらに付け加えた。
そんな裏事情が表に出るものなのかな?
「何度か来た事あるお店だし。」
「彼氏と??」
お酒が入ってる面々の誰かが聞いた。
「そんなんじゃないです!!」
友里ちゃんは、無言のままそっぽを向くと、カバンを持って席を立った。
照れ隠しなんだろう。
揺れるポニーテールが本当に似合って、永作博美似で顔が小さく、私より1つ上の3回生で。
どちらかというと大人しいタイプだから、こういう場は慣れてないと思う。
もし、酔っ払いを上手くあしらってたら、友里ちゃんらしくないと思うし。
そっぽを向いて、無言で席を立っても嫌味に見えなくて、不思議としっくりくる。
安売りしない清潔感っていうのかな、この好感の元は。私が化粧室へ行くと、鏡の前でカバンを閉じる友里ちゃんと出くわした。
「あっ、まだここだったんだ。」
「うん、お先。」
「お酒が入ると、おじさん臭くなっちゃうね、あの人たち・・・ははっ。」
用を済ませ鏡に戻ると、まだ友里ちゃんはそこにいて、何やら手に持っている。
待っていてくれた?
「あれぇー、どしたの?」
「うん。
あのね。
唐突だけど、聞いていい?」
「ん?」
「つくしちゃんって、F4の道明寺さんと婚約してるの?」
「は・は・はいっ??」
まだ恋人話をしたことない私達。
確かに唐突だ。
「有名な話だもん。
つくしちゃんとこれだけつき合えば、あの女の子だってわかってくるよ。
あのテレビの。」
「あー、あのバカ、テレビで公言してからあっちに行ったからね。
まったく恥ずかしいっつうのーーー、あの後が大変だったんだよ。」
「で、どうなの?お付き合いは?」
真面目な顔で聞かれ、これはちゃんと答えないと。
「まあ、腐れ縁?
夏休みに会ってきたけど、まだ解消って話は聞いてないから、多分、付き合ってると思いますけど。」
友里ちゃん安心したような、それでいて、迷ってる風な表情を見せた。
「これ、出たばっかりの週刊誌なの。
気を悪くしないで。」
開かれたページには、道明寺がきれいな外人さんと見詰め合い、秘め事でも囁いているような至近距離の二人が掲載されていて、見出しもズバリそのもの。
「婚約秒読み!!道明寺家御曹司、州議員の娘ミス・コネチカット本命?!
ふーん・・・・・・・・・、また出たんだ。」
「また?びっくりしないの?」
返事よりも、記事を追うのに夢中だった。
フム・フム・・・大学のプロムへ・・・えっ、あいつ、プロムなんかに行ってるんだ?この女と?
お仕事なんだろうけど。
その後、二人で消えた??
なによ、これ!「あの・・・それ、あげるから、どうぞゆっくり。」
申し訳なさそうな友里ちゃんの声。
「あっ、ごめん。」
友里ちゃんは何か言いたげにじっとしていた。
「もしかして、それをあたしに言おうか言うまいか考えてた?」
体育館で見ていたのは、そういう理由だったのか。
「まあね。
平気? 彼氏がこんなことして。」
「あたしが張り合う場所じゃないし。」
「婚約なら・・・将来、道明寺さんと結婚するわけでしょ?」
「まあ、つきあってるし?」
「じゃ、花沢さんとはどういう関係?」
「へ?類?・・・
そうだね、いい仲間・・・?
お目付け役だって、本人は言ってるけど。」
トイレの扉が開き、にぎやかなグループがどっと押し寄せたので、退散する事にした。
途中、黒服の店員さんが友里ちゃんにお辞儀して、そのことを突っ込むと、「何度か来た事あるからだ」・・・って。
お得意さんなのかもしれない。席に戻ると、類はとっても眠そうだった。
目が合うと、瞬時にニッコリされて、私も思わず微笑み返す。
そうだよね・・・このキャッチボール。
ただ、日々交わされるそんな触れ合いに癒されてきた。
すっと胸に入って、心の中を穏やかにリフレッシュしてくれる。
気持ちよさそうな、洗い立ての真綿のようにやわらかな微笑み。
勝手な解釈だけど、私だけそんな微笑みを許され、もらい続けてる。
『・・・いい仲間・・・』か。
そう思いながら、類を眺めてみた。
随分、長くべったり、共に時間を過ごしてきた仲間。
その分、類のことたっくさんわかったし、逆に類は私自身より私をわかってるって言うくらいだし。
けど、ははっ・・・今日は新発見。
少しだけ頬が紅潮した類は・・・ミルキーのポコちゃんみたい・・・はははっ、20歳(ハタチ)の男なのにミルキーだよ、ミルキー。
言ったら拗ねるから内緒、そんな薄情な仲間だったりする。
明日、久しぶりにミルキーを買ってこよう。
でも、忘れるべからず!
天下のF4、類だかんね。
抹茶ババロアに手を伸ばしてみた。
つづく -
happyeverafter14 14.
スポッ
門脇さんのレイアップ・シュートがはいった!追い越した。
「ナイッシュ~ゥ。
GO!GO!Spanky’s ! GO! GO! 優紀、やったね。 」
「うん!」
どっと歓声が沸く中、門脇さんが優紀に向かってサム・アップ、明らかにビューンとハートを飛ばしてきた。
さすがに、チームを奮わせるのも忘れず、バンバン声出しやってたけど。
対して優紀もうっとり熱いまなざしで、胸の前で指を組み、しかと受け止めたよう。
そりゃ、チームの得点頭の彼氏、それにさっきのシュートは格好よかった。
わかるよ、わかるけど、公然とこのアツアツぶりは私達にこれまで無くて!?他人事だったはず。
昔、ようやるね~みたいに遠く二人して眺めてたじゃない。
恋は盲目ってよく言ったもんだ・・・乙女な優紀、そんな風になるなんてね。
試合は続行、速攻に持ち込んだ上沼さんが走り出し、それを追いかけ走りこむ類、二人を囲むように相手チームが迫ってくる。
上沼さんが類にバック・パスして自分はイン。
バウンド・パスを受けワンハンド・ジャンプ・シュート!!流れるようなコンビプレイ。
軽々飛び上がり、頭1つ分飛び出た上沼さんのシュートは華麗に見えた。
入った!!
上沼さん、格好いい~!類のアシストもいい!!
応援席からの黄色い声援に負けず声を張り上げる。
「二人ともナイ~ス!」
いける。
『今日は優勝いただきかも・・・』 嬉しい期待がふくらんだ。
けれど、これは準決勝戦、相手もなかなか強くて、続けて得点を奪われる。
頼む!誰かここでもう一本、頼む、お願い~何でもいいから得点を。
願いが届いたのか、ピボットで相手を抜き、シュートにつながるナイス・アシストを見せてくれたのが助っ人の類。
得点盤の数字が変わる。
「る~い~!さすがぁ~。」
移動中の類がチラリとこちらに視線を向けた気がした。
私は手をグーにして振り回し、大声を張り上げる。
「もう一本~!!もう一本~!!」
奮闘の結果、決勝戦進出。
勝った、やった、準優勝確定だ。
岩波さん、上っちさん、門脇さん、上沼さん・・・次々と笑顔で勝利のハイタッチ。
それから、類にも。
「類、ナイス・アシストだった!」
そう言いながら、互いの右手を空でハイタッチ、パチンと鳴った。
「最近、腕あげた?上手くなってるよ、確実に。
練習の成果でてる、すごいじゃん。」
「サンキュ。
牧野に走らされてるお陰。」
「されてる・・・って人聞き悪い。
普段はテレビっ子なんだもん、仕方ないでしょう。
でも、ほ~んと不思議、類はここって時に出てくるんだから。」
類と肩を並べながらベンチから離れようとすると、優紀に呼び止められた。
「ちょっと、写真撮ろ。
並んで、みんな、並んで~。」
ご機嫌な上っちさんはじめ、ふざけた4~5人がわざとギュッと寄ってきて、一気に男臭い匂いに包まれた。
誰かのタオルが腕に触れてるし、体育館と汗の臭いが混ざり合い、これぞバスケ臭って感じかな。
さらに人が増え横からも後ろからも押され、倒れそうになった時、シャッターの音が聞こえた。
パシリッ
エエエッ---ッ??
「次、私が撮ります!」
友里ちゃんが機転を利かせ優紀からカメラを受け取った。
嬉しそうに門脇さんの横に並び、肩を抱かれる優紀。
幸せそうな二人と勝利を喜ぶみんなの素敵な記念写真になりそうだ。
今度はちゃんと撮ってもらお。
その時ふいに肩に感じた重みは隣に立つ男の腕の重みで、それは類の腕。
さりげなく、自然に・・・男同士ならよく見かけるけれど、チームメイトとしてだよね。
ユニフォームから出た素腕が私の首の後ろに乗っかって、少しだけ熱くて重い。
太くて固い締まった筋肉がやっぱり男だった~って改めて思う。
柑橘系のコロンと汗の匂いは馴染んだ懐かしい香りのような・・・。
横を向くと、まだ汗が乾いてない類の上腕筋に頬があたり、湿り気が頬にペタっとくっついた。
類と目が合う。
「ゴメン、汗、いや?」
「べ・べつに~。
っす・進で慣れてるし、こんなの。」
「だよな?」
「・・///。」
だよな・・・と言われたものの、慣れてないし。
間近でニコリと微笑み、白い歯をのぞかせたまま肩に乗せた方の手で、なぜかポンポン頭を小突かれた。
体育館の白い照明が乱反射して、そのサラ髪も薄茶の瞳も、その肌理(キメ)こまかい皮膚も全部が明るいトーンになって目に飛び込んでくる。
呆けた顔で見上げてたのかな・・・。
「牧野さん、スミマセン、こっち向いてくださーい。」
「えっ・・///、ごめん。」
類が愉快そうにニヤっと笑った。
こいつ、確信犯だ!・・・もう。
無常にもそのタイミングで、パシリッ
「あぁ~、変な顔で撮られた、類のせい!」
仕返しに・・・類の首にかかっていたタオルをクロスさせ、首を絞める振りをしてみる。
「朝からあたしで遊んでんでしょ??ええっー?」
力を抜きながら、後ろへ逃れようとする類を追いかけ、なんとか反省の弁を。
「止め・・・牧野、妄想じゃないの~?」
ふざけた口調だし。
「妄想なんかじゃ、ちょっとぉ。」
「ックク・・・想像通りのリアクション。」
「やっぱ!」
類にタオルを握られ効果は無くても、ギャフンと言わせたくて猫のようにひつこく飛びかかった。
「ホラホラ、そこのガキども、お前ら恥じい・・・もう出るぞ。」
キャプテンの岩波さんからお咎め、だから、中断。
もとは今朝の私が変だったせいで、類は元気づけるつもりだったんだろうな。
類には世話になってるわ、まだまだね。
その時、冷たく見つめる視線に気が付いた。
こっちをみる瞳が・・・その時ようやく初めて。
友里ちゃん?
一瞬のこと、すぐに優紀に話しかけ笑顔にもどっていた。
ホントに一瞬の間だったけど・・・あの目つきは、気のせい?
そのまま次の試合までの休憩に入った。まだ試合の余韻が残るコートをモップを持ったお兄ちゃんが小走りで横切って行った。
勝った時は綺麗に見えるのに、負けた時は汚れて見えるのが不思議なバスケ・コート。
今は重たい空気が残っていて、メンバーの足取りも重い。
決勝戦、Spanky’sは2点差の僅差で・・・負けた。
競り合いの試合展開ですごく盛り上がった。
早く取り戻せ~との応援むなしく、終了ホイッスルが鳴り響くやいなや、ベンチで肩をガックリ落とした。
いつも軽口たたく上っちさんが物静かになるし、コーチの激励も空振り。
「次につながるプレイがいくつか」・・・そう言ってくれたのに聞こえてないみたい。
「キャプテン、お疲れ様。」
私はスコアノートを片手に岩波さんに近づいた。
「おう・・・終わったな。」
「はい、惜しかったですね。」
精一杯笑顔で答えた。
すると、岩波さんも少し笑顔を作って返してくれる。
後ろから上沼さんがやって来て、3人並んで出口に向かう形になった。
「岩波さんがくれたパス、あのサイド・インでキャッチしたでしょ、あれ、俺がミスらなければ勝てた試合だったっすよね。」
「そんなもん。
言い出したら切りない。」
「いやぁ~あぁ、はぁ~。」
上沼さんがガックリとため息。
「でも、準優勝って立派な成績ですよ。
み~んな頑張りました!」
「つくしちゃんの笑顔はいいね。
和むなあ~、ヒマワリみたいで明るくなるしね。
うちの秘密兵器かもな。」
「ありがとうございます、キャプテン。
笑顔を褒められるのだけは素直に受けることにしてるんです。」
「ホントに・・・明るくなりますよね。」
上沼さんからも優しく褒められた。
「これ、タダなんでいくらでも・・・ははっ。」
「じゃあ、6時にお店集合で。
類くんと来るでしょ?」
「はい、もちろん!」
そう言って、二人はロッカールームに消えていき、私は残りの後片付けを忙しく始める。
背後で神崎友里ちゃんが物言いたげにしていることに、ちっとも気付かないまま・・・。
つづく -
happyeverafter13 13.
新しいパソコンのセットアップが終わり、道明寺へ長いメールを送った。
チームの雰囲気が伝わるように内輪の話を。
キャプテンは仕事帰りに皇居をランニングしてるとか、金物屋のメンバーから棚卸しの処分品をもらったとか。
そして、あの類が上から可愛がられ信頼されてるということも。
色んな業種、年齢もバラバラ、寄り集まりの仲間が試合に向かって一団となる感じ、団体競技のそれっていいいもんだよって。
道明寺へあて、太平洋を隔て共有出来るITの恩恵を借りてみる。
そもそも、私がクラブなんて晴天の霹靂なんだから。
英徳のクラブ活動は贅沢すぎて、グランドを走る集団は記憶の片隅、同情でもないだろうけど、わかってくれるはず。
スッキリした気分で送信ボタンをポンっと押した。
それが、昨夜のことで、そして今朝。
朝からうるさい携帯で目が覚めた、発信元はもちろん道明寺だ。「悪い、寝てたか?」
「道明寺?えっ、いったい・・何時・・?なんなの・・?」
「メール読んだ。」
「ああ・・・っそう。
あれは、そういうことなんっ 」
道明寺の不機嫌な声に割り込まれ、あの左眉がギイギイィ~っと人形みたいに動くのが見えるようだ。
「フフン・・・みんなでお楽しーいクラブってことだな?」
ほれ、来た。
重いため息が地面に向かい落ちていく。
そりゃ、包みこんでくれるタイプじゃなし、この手の話はまず吠えとくのが十八番のタイプ。
でもさあ・・・。
「で、悪い?あたしが楽しんでたら悪い?
彼女が幸せだったら、普通、彼氏は喜ぶもんじゃないの?
バスケのマネージャー始めたことは、話したじゃん。
そしたら、納得してくれたじゃない、忘れたわけ?」
苦々しい気分のところ、堅物男がもう一振り落としやがる。
「そんな青くせえもん、知るか。
チャラチャラくっついてやるもんだと思わねえだろ。」
「どこが~、あんたが世間知らずなのが悪いんじゃん。
コミュニケーションは大切、団体競技だよ、仲良くは大事なの!」
「仲良く?面白くねえ。」
「説明は無理・・・ほんと、堅物、信じられない。」
これみよがしに思い切りため息をついてやる。
「はぁ~~。」
「で、お前、なんで黙ってた?なんで類がいるんだよ、聞いてなかったぜ。」
「それは・・・説明する時間がなかったから。」
「いいや、わざと隠してたな。」
「そういうわけじゃなくて・・・言う必要ないと思ったから。
だって、類のことになると言いがかりつけてきそうだし。」
「当然。
類とお前には前科がある。」
「アホくさ。」
「なあ、必要かそうでないかは俺が決めるから、こんくらい長いメール毎日よこせ。
類には釘差しておく、なっ?」
「っど・ど・どう、何を類にどう言うつもり?
まさか、すぐ辞めろとか言うつもり?
そんなことしたら、ただじゃおかないよ。」
「ムキになって、やっぱりお前ら。」
「ったく、もうメールなんかするんじゃなかった。
あんた、類のこととなると頭おかしくなるんだから。
それから、毎日メールなんか無理だかんね!」
「はあ?」
「時間かかるし・・・あんたにはわからないだろうけどぉ。」
「こっちも返してたじゃねえか、この指で打ってやったぞ。」
「だよね、あの短文は。
元気だとか、OKとか・・・短かすぎて笑える。
あたしだってひまじゃないんだよ。」
「だったら、バスケ辞めろよ。」
「説明したばっかでしょ!もう!」
「バスケもバイトも、俺には大して変わんねえ。
俺様に使う時間かそれ以外の時間か、そうだろ?見張ってるわけでもねえし。」
「自己中!成長したと思ったのに勘違いだったわ。」
そんなこんなの応酬の末、収まり無いままリミットが来る。
「とにかく、メールを毎日よこせ、わかったか??」
「まず、その俺様な言い方直しなさい。」
「うるせ~、つべこべ言わずそうしろ!じゃあな!」
プツ・・・・・・プープープープー
言うだけ言ってきれた。
どうして言い合いで終わっちゃうんだろ、素直に話しただけなのに・・・。今朝の会話の余韻で足取り重く、白いポルシェまでずっと考え込みながら歩いた。
乗り込むやいなや、類への挨拶もそこそこ、大きなため息をついてしまう。
「牧野、朝からお疲れ?なんか機嫌悪い。」
「あぁ~ごめん、類。」
「原因は司?」
「・・・・・・もう、話になんない。」
「けんか?」
「あっ、そうそう、あのバカから連絡あっても聞き流していいからね。」
シートに深く沈み、フロントをまっすぐ見つめたまま話した。
あまり詳しく話したくない。
すると、視界の中で動くものが・・・。
「ま~きの、・・・・・おはよ。」
ギョッ。
紅茶色の瞳が二つ、視界をさえぎり覗き込んでる。
至近距離で綺麗な男に見つめられるのは、いまだ免疫つかなくて焦るけど、類の行動パターンには慣れてきた、体勢を立て直すのも早い。
けど、そんな無邪気な顔で気持ちよさそうな白いカシミアまでズルイ。
そしてお決まり、類がニコリと微笑むと、とたんに紐解かれたように全てが動き出す。
「お・おはよ・・う・・・、挨拶なしで失礼しましたぁ。」
「うん。」
「お迎えありがとうね。」
「牧野のお迎えだし喜んで。」
「・・物好き。」
「まきの、ようやくこっち見てくれた。」
嬉しそうにニコリと微笑む類。
「あっ!」
一瞬のこと、気が抜けてたのか、柑橘系コロンが急に濃くなったと思ったら、類の髪と柔らかな耳タブ?が唇に当たった・・・キス・・・じゃないよね?
回避できないまま、ピキンと固まって・・・何が起こったのか、目がキョロキョロ泳いでしまう。
鼻の奥に類の香りをいっぱいため込んだまま、朝っぱらから激しくドキドキ鳴る鼓動。
からかう様に口角を持ち上げた類が我が物を得たりという表情して。
「あのさ、ベ・ル・ト。
牧野、キスされたと思ってる?クスッ。」
「あああぁぁぁぁーーー、シートベルトね、シートベ・ル・ト。
ビックリした。」
そっと唇に指で触れてみる。
キスじゃなかったと安心するやら、耳たぶの感触がこそばくて指が離せなかった。
なのに、愉快そうに微笑む顔に悪気なくて、怒るのも忘れてる。
「だって、また牧野に怒られたくないし。」
「あったりまえ。」
類はハイハイって小声で言うとドライブにシフトチェンジし発進させて、試合会場までずっと機嫌よかった。
皮とコロンが混じった車内の香り、微かなハミング、そして少年のような横顔。
見慣れた風景を目で追いながら、だんだん気持ちが和らいでいく、魔法みたいに。
ただ一緒にいると気分がほぐれて、苛立ちが薄まっていく。
大切で貴重な友達だから、F4との絆が壊れないよう一番願ってるのは私だよね。
ずっとこの関係が続きますようにって。窓の外を見上げると、思いがけずの快晴だった。
「今日でラスト、関東リーグ大会。
勝とうね、類。」
チラリと感じる視線。
なんだか笑ってる?
私は青い空を見上げたまま小さなガッツポーズをして、気合をいれた。
つづく -
happyeverafter12 12.
「優紀、あたしも同じものお代わり~、グレープフルーツ大目で♪」
「了解!
で、上沼さんはまたビール?門脇さんは、っと。」
テーブルの麦焼酎にすっと手を伸ばし、慣れた手つきでボトルのふたを回す優紀が、いつもと違って見えるから、実は密かに観察中。
キューブ・アイスをカランっと鳴らし、「ハイっ、お代わり♪」って蜜のように甘い声で差し出す、いや、声はいつもと同じなんだけど、違うのは腕の角度?それとも相手を見つめる眼差し?
すると、相方が「サンキュ♪」と大満足そ~うに受け取って、まるで新婚のようで。
今宵は門脇さんのアパートで飲み会となり、優紀はミニキッチンでつまみを作ってくれて、新妻の色気なるものを発散させてる状況。
別にどってことないジーンズ生地のカジュアルなエプロン姿。
なのに、ピンク系姉ちゃんに負けないくらい色っぽくて、親友の私でさえなんやら衝動が、ヤバイよ。
ここ、二人の愛の巣(?)って感じじゃん。
「俺もぉ、それくださ~い。
優紀ちゃんって可愛いし、いい奥さんになりそ。
俺はなぁ、門脇、初めてお前が羨ましいと思ったわ。」
「だろ?俺、優紀ちゃんにぞっこんなの。
お前も過去に縛られず、本腰で婚活する気になっただろ?俺に続け続け。」
「プッ!門脇さん、結婚なんて話、どこにもないじゃないですか!?」
そんな優紀の台詞も可愛くて仕方ない様子の門脇さんは、自宅だからか、リラックスしてもうメロメロのフニャフニャって感じ。
コートで見せる得点王の姿も形無し。
照れ笑いで微笑み返す優紀は・・・うん、色っぽい光線が!?なんだか眩しすぎる。
恋を知ればなんとやら~それに引きかえ、私と道明寺との恋愛温度は・・・生身に乏しすぎて!まっ、仕方ないけど。
「上沼さんならわざわざそんな事しなくても、向こうから寄ってくるんじゃないですか?」
「まさかまさか、休日はバスケだしなぁ。」
「ファンの女の子から告白とかされてません?」
「怖え~、遠慮しとく。」
「こいつ、元カノとのトラウマ、引きづってんだよ。
あれは、しゃーないと思うぜ、お前は約束守ったし精一杯やった、何も悪くねえって。
運が悪かったって。
卒業のタイミングで、向こうが福岡勤務辞令ってそりゃないよな。
仕事はともかく、家にこもってばかりじゃ生活は出来んだろし、相手にも色んな出会いがあって当然で。
だいたい、美人の新卒女子を周りが放っておくか?
郷に入れば郷に従へ、変わるなって言う方が土台無理なんだってば。」
ゲッ・・・上沼さんの遠恋話だ。
上っちさんから聞いたことある、上沼さんは遠恋で潰れたことあるから遠恋反対派だって。
美人、新卒、浮気された?
はあ、そういうことですか。
「俺、穴埋めは完璧だったんだけどな。」
上沼さんは納得いかない様子で、首を横に振りながらグラスに手を伸ばした。
「お前ほどイベント毎に会いに行ってた奴も少ないと思うぜ。
新卒同士で金も無い中、その誠意は通じてたって。」
「そうだよなぁ?・・・。」
「ところで、つくしちゃん?彼氏と上手くいってるの?」
突然、門脇さんから話を振られてビックリした。
「はいっ!!??あたしですか?」
「つくしなら、NYへ会いに行って、帰ってきたばっかりだよね?」
「うん。」
「ふ~ん。」
「何か変?・・・・上沼さん、その目は何なんですか~?」
「いや、つくしちゃん・・・あん時、泣きそうだっただろ。」
「っ?べっつに。」
「知らねえぞ~いつの間にかジ・エンドだぞ。」
「再会直後って言ってんだから、絡むなって。
遠恋生活5・6年、しっかり愛を育んでゴールインって話も聞くし、頑張り様で。」
「悪かったな、俺らは駄目で。」
「お前らがどうのこうの、別!」
ギロリと門脇さんをにらむ上沼さん。
二人を見てると、胸ん中がギュッと詰まってくる。
「あたしたちは・・・あたしは残って頑張ることに決めてるから。」
「いいねー意気込みっていうかそれ。
色んな不安とかは払拭できるわけ?」
「不安なんか。」
「俺の取り越し苦労?愚痴袋になってやんのに。」
「えっ?」
愚痴・・・かぁ。
ホントは上沼さんに話してみたいことがあるのに、やせ我慢。
今度ばかりは困った、どうやってこの気持ちにケリつけよう?
トーマスとローズ、あからさまなブーイングの観客、摩天楼に映える道明寺の背広姿・・・彼らが順番に出てきて、せっかく道明寺に会えたのになんだか心が重い。
『恋人と離れちゃいけないんだよ!一緒に居るから頑張れる。』とトーマスの声。
そして、女狐達の暴言だってそう、『今さらクラブですって?』
正論、そうだよね・・・。
実際、道明寺ばっか苦労させ、私はノホホンと青春して、バスケは辞めたくないし。
心に引っかかった声が、ボディー・ブローのようにだんだん効いてきて、気になって仕方なかった。
今頃、こっち残って勝手すぎ?って考えたり、やっぱ良かったって考えたり・・・堂々巡りでため息つく。
ああー頭が混乱する・・・どうしちゃったんだろ。
そもそも、トーマスがわかったようにエラソーな事言うのが悪い。門脇さんのアパートを出て、上沼さんが家まで送ってくれた。
夜道は枯葉がコンクリを覆っていて、哀れに干からびた葉っぱを踏みつけるとクシャリと乾いた音をたてた。
スプリングコートの襟元を立て行き過ぎる男性や暖色のチークが際立つ色白OLが目を引く秋の夜。
そんな夜には、やっぱり恋話(コイバナ)なんだ。
コツコツ・・コツコツ・・・二人の足音はメトロノームのように響いて、上沼さんの女性不信(?)の話から知らず知らずに道明寺の話になっていった。
そして、私は胸の内をポツリポツリと話し出した。
漠然とした話なのに、上沼さんは全てを理解しているように優しい相槌をうってくれる。
それが呼び水のように、私の声はハリが出て、全部吐き出したいような気になった。
「それはカレシに対しての罪悪感じゃないの?
自分一人、日本でやりたいことやって楽しんでるから。」
「そっかなあ。」
「どっかで相手に悪いって思ってるんだよ。
そんなの感じる必要もないのに、真面目なつくしちゃんは。」
「確かに、バスケ・マネージャーがこんな楽しいと思わなかった。
うちのパパ、リストラとかあって大変だったし、バイトできるようになってからはクラブする余裕がなくて。
だから、嬉しくて夢中になってたかも。」
「本当に大切な人の幸せを願わない奴は居ないし、夢中になってる事があれば、胸張って話してあげればいいんじゃないの?」
「ぜんっぜん、想像できない~。
そういうの、喜んでくれるタイプじゃなさそうな・・・とにかく嫉妬深いし、単純バカだし。」
「・・・でも、好き同士でしょ? つくしちゃんも彼も。」
私を抱きしめた道明寺の腕の温もりを思い出し、コクリと頷いた。
かわらず私のことを想ってくれていた道明寺。
「そうだね。
気が楽になった、上沼さんありがとう。」
「そのままNYに居付く日が来るって。」
「今回、全く兆候なしでも?」
「ハハッ・・・まず、卒業でしょ。
焦ることない、そのままで。」
声に出して話してみると、聞いてもらうだけでも楽になるし、心ん中が整理された気がする。
「上沼さんって聞き上手でアドバイスも上手。」
「そっ?俺は、いつでも相談のるよ。」
「はいっ、またお願いします!」
つづく -
happyeverafter11 11.
応援席にはSpanky’sのチームカラー緑x黄が目立ち、上沼さんや岩波さん、中でも花沢類目当ての女の子達が急増していて、嫌な予感。
英徳では慣れっこの光景だ。
F4の花沢類とバレた以上、びっくりしないよ。
だとしても、類がボールを持つだけで、黄色い声援が一段と大きく上がるのはどうにかならないものか、他のメンバーの気をそがれるじゃないのよ。
キャー♪花沢さーん ♪キャーッー♪
花沢さーん♪ ゴーゴー♪キャー♪
コートではちょうど類がボールを持ち、熱いゲームが展開されていた。
泉さんがスティールで相手からボールを奪うと、類はパスを受け取り、その長い手足で風を切るようなボール運びを見せる。
サラサラ茶色い髪が風になびき、汗で頬にくっついた髪から汗が滴り落ちる。
黄色い声援が一際増す。
そして、自身の背でスクリーン、絶妙にゾーン内へ飛び込む上沼さんにホイっとパスを通し、シュートが放たれる!が失敗。
すかさず、リバウンドを橋口さんが高い位置でキャッチし、バウンドパスで外に出す。
ああぁ~、ターンオーバーされた。
場内からドーッとため息が聞こえた。
あぁ~~取られた~。
いや、そそそう・・・偉い、類!!相手のパスをインターセプト、類!!ヤッタ。
そのまま中へ切り込みシュートだ!行け~!!
そう、GOGO!
ん?だめ~、けど、落ちたリバウンドを泉さんのミラクル・ダンク・シュート
ナイッ~~シュ~!!!!!はいった!きまった!
速いゲーム展開、チームワーク、だからバスケは面白い。
DFに回りながら上沼さんが類の肩をポンとたたき労うと、類は軽く頷きながらもう次の動きに入っていった。
いい調子だ。インターバルになり、タオルとドリンクを配り終え、コーチの話に耳を傾けるメンバーを見守る。
「牧野、悪いけど俺のカバンからヘッドバンド持ってきて。」
「うん。」
類のカバン・・・カバン・・・。
すぐに見つかった黄色いヘッドバンド。
「ハイ、これでいい?」
「サンキュ」
「そんなの持ってた?」
「さっき、岩波さんからもらった。」
「へえ~。」
サイドから飛び出た髪をバンドの中へ入れてあげるつもりが、片手だったしサラサラだから、かえってグチャッとなってしまう。
わっ、ごめん。
「なに?」
「ちょ、ちょっとぉ、じっとして、座って!」
類が逃げるように動くから、追いかけて、ヘアバンドを最初からやり直し、素直にじっとする類の頭にセットしてあげる。
ホント髪の毛サッラサラで茶色の髪に黄色が映えてきれい。
頭の形もいいし、こんなヘアバンドが似合うなんて男にするのはつくづくもったいないと思いながら、ヘアメイクさんみたいにしばらく指先で直しながら触ってた。
「牧野、こそばいって、もういい?」
類は眉間にしわを寄せながら、後ろへ身を引いて、どうも我慢の限界だった様子、たまらず耳の後ろを犬みたいにゴシゴシゴシゴシ掻いている。
「ああぁ//、ごめん。」
だって、じっとしてたんだもん・・・遊んでしまった、悪かった、類。
笛が鳴り、ベンチへ退散しながら振り返ると、類の髪は結局、激しくピョンと飛び出たままだった。今日の流れは調子良かった。
試合は勝利に終わり、メンバーの反省会へと引き揚げる準備中、倉庫室へつながる廊下で見覚えある女グループと鉢合わせてしまう。
浅井・鮎原・山野の三人組が場違いなヒールを履いて、香水をばら撒きながら仁王立ちしていた。
「どーも。」
こっちから挨拶したら、あいかわらず失礼な奴達だった。
「花沢さんの応援に来てみたら、ゲームも結構面白かったわ。」
「それなら、良かった。お蔭様で良い試合で。」
「牧野さん、あなたとは古いお付き合いだからご忠告よ・・・公然とあんな風にいちゃつかれると、変な噂が飛び交っても知らないわよ。
一人寂しくて、花沢さんに乗り換えたって。」
「なっ何っ?何を言ってるんですか?
誰がそんなこと。」
思いもかけない言葉に怒りを覚えた。
「あら、勘違いなさらないで。
私は牧野さんと道明寺さんの仲の良さを疑ってるわけじゃないわ。
身分だとか、容姿だとか、F4にとってつまらない事だって嫌というほどわかってるし、あれだけの事件を乗り越えた奇跡のカップルですもの。
それに、道明寺さんのことは良い社会勉強だと思ってるし、これでも貴方達の幸せを祈って差し上げてるのよ。」
「そういうのをね、親切の押し売り、余計なお世話って言うんですよ。
もういい加減にしてください。」
「あら、火の無いところに煙はたたないですわ。
あなたのこと、もう少し利口な人だと思ってたけど、買いかぶりすぎたようね。
今になって、ボロが出たのかしら?さっさと玉の輿にのりゃいいものを、こーんな所で何をしてるんだか。
正直、今日は驚いたわ。」
「喧嘩なら買ってる暇無いので失礼します。」
「NYの道明寺さんに今日のこと、お伝えしようかしら。」
「どうぞご勝手に!!
あんた達、いつまでチクリなんかやるつもり?成長しなよ。」
「あら、その言葉、そのままお返しするわ。
大人しく道明寺さんのとこに行けばいいのに、花沢さんまで取り込んで、今さらクラブですって?!」
「っ!!」
退散しようと踵を返すと、目の前に上沼さんと友里ちゃんが唖然とした様子で突っ立っていた。
背中側からなおも聞こえる女狐達の言いたい放題の暴言。
「ちょっと、牧野さん!言っとくけど、F4の仲を裂くのはもう止めてよね。」
「そうよ、節度をもたれたら?!」
「二股なんて!」
目の前で固まってる様子の二人と視線が合っても、私は鬼の形相だったかも。
すると、上沼さんがつかつか歩いてきて、握り締めていたこぶしの腕をスッと取る。
「行くぞ、気にすんな。」
廊下を歩きながら、質問された。
「いじめに遭ってた?昔?」
とにかく頷く。
「スゲーな、あの子達。」
「冗談じゃない・・ったく、あいつらぁー。」
私は全身から怒りのオーラが出るくらい気持ちが高ぶっていて、笑顔で返す余裕も無く、俯きながら頭の中で繰り返し出てくる台詞も口に出てたよう。
『なんで、二股になるのよ!バッカじゃないのぉ?』
「色々、大変そうだな、つくしちゃんは。」
顔を上げると、上沼さんが白い歯を見せ笑ってた。
「道明寺って、あの道明寺グループの?遠距離恋愛の相手が。」
頷いた。
上沼さんはそのまま人気の少ない場所まで私を引っ張り、穏やかに口を開く。
「やっぱ、そうか。
つくしちゃんは・・・ホントなら、こんなとこ居る女の子じゃない訳だ。」
「そんなこと言うの止めてください。
あたしはあたしで、あいつはあいつ。・・・なんです。」
「随分、溜まってんじゃないの?
向こうに迷惑かけないよう頑張りすぎた?
遠恋は割切らんと長続きしない、けど反対に割切り過ぎても気持ちが冷めたりする、タイミングがややこしいもんな?
相当意地っ張りの頑張り屋さん、だろ?」
そんな風に私を見ていてくれたんだ。
私から見るとすごい大人な上沼さんの言葉はなんだか沁みてくる。
ポカーンと口を開けながら、上沼さんの顔を見つめていた。
「ウククッ・・口開いてる。」
「あっ///いや、だっ・・」
「明日、夜ひま?」
「・・・。」
「門脇と優紀ちゃん誘って、飲むか?
そん時、話きいてやるから。」
断る理由はなくて、むしろ胸の内を全部話してみたらどうなるだろう?と思った。
つづく -
happyeverafter10 10.
「おかえり、牧野。」
「うわっ・・・音たてないようにしたのに起こしちゃった、ごめんごめん。
この階段、ほんとに響くよね、カンカン、カンカンとぉ。
非常用だし文句言えないけどさ。」
昼過ぎの太陽に照らされて、類はまぶしい照明でも見るように目を細めていた。
わずか5日留守しただけなのに、もう懐かしくて、肩の力がスッと抜けてく。
「類、これお土産。
大したものじゃないけど。」
「サンキュ。
・・・で、司には会えた?」
「もちろん。
ちゃんと話してきたし、様子もわかった。」
「ちゃんと?ほんと?・・・俺、牧野は向こうに残ると思ってたけど。」
「あたしがNYに残る?
まっさかぁ・・・あいつはバカ忙しいし、あたしもすることあるし、そんなはずないじゃん。」
類は首をすぼめたかと思うと、お土産袋を手にし、ゴゾゴゾ中身を取り出した。
「ん?これ、NY Knicks? ・・・・・・ハ・デ。」
「あぁー、雑巾にでもしてって言いたいところだけど、どうせあんたは雑巾にする感覚もないだろうし、返品受け付けるよ。」
ムスッ?
またすねてる表情。
「使うよ。」
すねた口元から煙を吐くようにフーッと出た返事。
そして、オレンジx青の派手なタオルを瞼にのせ腕組みし、再度眠る気だ。
私は私で勝手に定位置に腰を下ろし、鉄柵にもたれかかる。
すると、ヒンヤリと気持ちよく、頭の後ろもくっつけて、広がる空を見上げた。
空の奥行きに見惚れるいなや、深呼吸、ふ~。
雲1つ無い空だった。
どこ行っちゃったのかな、端から端まで空は水色、講堂の葉っぱが茶色くなり、空気はサラッと乾燥してる。
留守の間に秋が深まったようで、聞こえてくる放送にはエコーがかかり、不思議と人を落ち着かせる。
類はオヤスミポーズのまま、誰にも邪魔されない昼寝タイムを決め込んだらしい。
寝不足?いつもより口数が少ないけど。
『午睡中』・・・吹出しがあたりにプカプカ浮かんでる、頭上あたり。
金持ちからの避難場所が、いつの間にかF4の類と共有する場所になった。
ホーント不思議な人、家でふわふわベッドが待ってるのにさ。
大ピンチには必ず助けてくれるくせ、手のかかる弟に見えたり、へんな縁があるっていうか。
もしかして、前世でも知り合いだったとか??
長い付き合いかもね、ここの空気みたいな感じなんだから。
だから一緒に居られるんだよ ー私達―。
季節が見えるこの指定席、このまったりと和める感じ、日本は平和だわ、天皇、総理大臣、その他大勢、アリガトサン!
感謝して眠ろうと目をつぶれば、慌しいマンハッタンの光景が目の前に浮かんできた。
おもむろに話してみたくなった。
「類?」
「・・・。」
「返事しなくていいけど、報告。」
「・・・。」
「NYでね、懐かしい人に会った。
トーマス。
ひっどい事されたけど、借りもある奴、演劇の勉強の傍ら、大道芸してた。
NYじゃあ、ガッツリしてなきゃ、置いてかれるんだろね。
未来を夢見て何万人もやってくる、一流って言われる人がウヨウヨいる憧れの場所で、未来に向かって走ってたよ。
東京だって大概だと思ってたけどさ、あそこは何なの?
人種のメルティング・ポットって言うんだっけ、道明寺も頑張ってた。」
「・・・。」
眠ってる類を見て、さらに話を続けた。
「ほ~んとよくやってるよ、あいつら~。
道明寺は東京に戻ってこれる訳じゃないし・・ハハ、戦ってもらわなきゃ困るんだけど。
金持ちで、単細胞で、どこよりピッタシじゃない・・・なんとかやってたもん。
ふ~・・・しょうがないよね。
可哀想だけど・・・。」
「・・・。」
「あいつ、笑えるくらい変わってなくて、ちょっと安心した。」
「・・・。」
「トーマスの彼女がね、タイからずっと付いて来たんだって。
彼女がいるから頑張れる!って嬉しそうに・・・強くて明るい感じの女の子。」
「・・・。」
「追いかけれるなんて、凄いよね。」
その時、類がピクリと動いた。
けれど、目はつぶったまま、またじっと動かず静かになる。
「で、恋人なら離れちゃいけないってトーマスに説教されて。
あたしに説教するなんて百年早いんだって。」
「・・・。」
「んでも・・言い返せなかったんだ。
もし・・・・・・もし離れてなかったら、・・・どうなってたのかな。
アメリカなんて異国だよ、日本が一番にきまってる、いいじゃんね。
あたしはあたしで。」
顔を上げると、類は目を開けていて、ジーッと私を見ていて驚いた。
「っ!?」
半端なくキューティクルが整ってるサラサラ髪の奥から、何かを尋ねるように、静かなまなざしは紅茶色の瞳がぼやけてるし。
ああ、久々、ヤダそんな風に・・・。
髪の毛のモデルかなんか?眩しいんだってば。
どんな手入れしてんだか、男のくせに、しかも、二十歳のくせにまったく、天使の輪なんか作ってんじゃないよ。
だから・・・、そんな哀しそうに見ないでよ。
「もぅ~類!ハハハ、なんだ起きてた?
今のは単なる愚痴だから、別に後悔してるわけじゃないし・・・ハハ、特に意味ないし。
まあ、アンチNYのグ・チ!・・・あーバカらし、あたしも寝よ。」
ヤバイ。
類には伝染しちゃうんだった、私のモヤモヤ感はいつも。
ボヤキの正体を見抜かれて、類の顔見て気付くことも一度や二度じゃない。
道明寺が去った最初の頃は随分心配かけて、それから2年、サクサク時間が経つように楽しくやってるつもりでも、まあなんだか色々あるから。
類に悪いと思いながら、そそくさと瞼を閉じることにした。秋も深まり、関東社会人バスケ・リーグのシーズンがやってきた。
マネージャーの仕事も忙しくなって、また、バスケ・お稽古・勉強・バイト・再びバスケ・・・とクルクル予定を回す日々が続いてる。
類のポルシェに乗せてもらい、早々に体育館に行き、早い時間にやってくる熱心なメンバーとコートを暖めていた。
練習着に着替えた類はシュート練習していて、私は優紀と準備中。
「優紀、救急箱の補充、バン○○ンとテーピング・テープ買ってこようか?」
「友里ちゃんに頼んだよ!来る時に買ってきてくれるっていうからお願いした。」
上沼さんが神埼友里ちゃんを連れて体育館に入ってくるのが見えた。
「こんにちはー。
はい、これ、買ってきました!」
ニッコリしながら、薬局の袋をぶら下げる友里ちゃんは、私より1つ上の新マネージャーだ。
バスケ大好き、spanky’の大ファン、上沼さんの妹さんに頼み込んだんですと話してた。
「牧野さん、私、救急箱に入れておきますね!」
「うん、よろしく。
領収書、回しておいて、今日出せるから。」
「はいはーい!」
気が利いて、話しやすい女の子。
早くもクラブに溶け込んでる感じで、応援も二人よりも三人、華やかな桜になる。
「友里ちゃんが来てくれたから、私も安心だわ。」
近々、教育実習に入る優紀は、しばらくお休みのため、ちょうどよかったと安堵している。
確かに、ずっと助かる。
「つくしちゃ~ん、手あいてる?」
そこへ上沼さんから、いつものお声がかかった。
「いいですよ。」
上沼さんのリクエストは、柔軟体操の補助、背中側から押してくれってこと。
類の背中をギューギュー押してるのを見られて以来、「あんな感じで遠慮なくして!」って頼まれた。
はじめは遠慮がちなスタートだった。
類とは違う間柄だし、ずっとスポーツやってた背中だし、力の入れ加減がよくわからず、とにかく、大きな硬い背中に挑んだ。
その相棒と認知され、もうだいぶになる。
上沼さんが熱心に柔軟体操するのは、怪我で泣いたせいだと皆知ってる。
面倒くさがらず、誰より下準備する所、実は尊敬ポイントが上がるとこだ。
「・・・ッ・・・イッテ。」
「イチッ・ニッ・サーン、息吐いてー!!もっと、ながく!
「・・ウエッ・・・きつ。」
「まだまだいけますよ!ガンバ!」
「・・・ウンッ・ギョ・・・じゃ、乗って。」
「えっ?背中に?
乗るのは出来ませんって、あたし、こう見えて重いんですよ。」
「知ってるし・・・ニヤッ。」
「ヒド、知ってるって。」
「軽い軽い!大丈夫、来い。」
「で・できませんってば・・・。」
と言いつつ、おっかなびっくり乗っかって、どんどんいく。
とうとう背中の上で小ぢんまりと正座になった。
上っちさんと門脇さんが笑って見てるし、類がドリブルしたまま足を止めてるし、見世物じゃないっつうの。
「うおぉっ・・・ふう~、さっきの効いた。」
真っ赤な顔した上沼さん、大丈夫かな。
「やれば曲がるじゃないですか、正座で座れましたし。」
「マジ?」
「っ??」
ビックリしてる上沼さんと見つめ合う。
乗ってって上沼さんが・・・、正座がまずかった?
「フフっ・・また頼むよ。」
さわやかな笑顔でそう言われると・・・嬉しいし照れる。
「へっ?あっ、ハイ//////。」
そして、上沼さんは独り柔軟にもどっていった。
つづく