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24.
余寒(よかん)と呼ぶには実感なくて、すごく寒い。
こうも冷気が伝わるなんて、この体育館、安普請じゃないの。
パイプ椅子のアルミ菅は冷やしたグラスばりに冷たくて、手を引っ込め、ずっと身体を揺すって座ってた。
今日は早く帰ろ。
天気予報で小雪が舞うと言ってたっけ。
「うぅ~ぅ~さぶ~。」
練習に使い捨てカイロ、浮かばなかったのがうらめしい。
亀のように首を縮めていると、肩凝りそうだし、ボーっとしてくるし。
記録帳は開いたまま、ひざ掛けに両手を入れたまま。
友里ちゃんはお休みで、あたし一人。でも、今日は手抜きだ。
縮こまりながらも、目だけは激しく類を追っていた。
練習中のspanky’sの男達は、無論、寒さなんか感じてないはずで、試合形式5対5、キャプテンの岩波さんからパスが通って、類が大きくドリブルしながら走って走って、ずっと動いていて、まあいつもの練習だ。
はあ~、とため息。
見つめた先の類は、するりとディフェンスをかわして、伸ばした指の先に光があるのか、跳ね上がって掴んだボールがよく見える。
節の目立つ指の間でホールドされ、高い天井へ伸びた腕の先から放たれた。
額の汗をリストバンドで拭きながら、英徳ではありえなかったチームメイトとのアイコンタクト。
岩波さんと目を合わせて交わす薄っすら見せた爽やかな笑み。
白い歯がこぼれ出る。
和気あいあいと、楽しそうに見えるよ。
スポーツやってて、あのルックスに、白い歯キラリ・・・って、モテない方がおかしい。
まっ、あれが新たな女性ファンの落としどころ、冷酷人間に見えない。
けどさ。
「内緒はないよ、ないでしょ・・・“心の友”が聞いてあきれる。」
何度目かのため息が出た。
あの友里ちゃんが類のお母さんの再婚相手のお嬢さんで、今は類のお母さんと仲良く暮らしているって驚いた。
類はずっとのこと、よくも白々と黙っていられたものだわ。
ご両親がどんな理由で離婚したのか、お母さんは、お父さんは、まるで知らない。
お父さんは人一倍厳しい人だと聞いた覚えがあるだけで。
類の生い立ち上、友里ちゃんへ不愉快な感情があっても、それは同情出来るから、ふとした拍子に見せた曇った表情もわかる。
そうよ、整理できたような気もする。
でも、全部内緒にして、類め。
友達やめるぞ。
あの後、「大した事じゃないから黙ってて。」って頼まれ秘密のままになっている。
よって、知ってるのは私だけ。
隠すのはどうも、胸に何かつっかえ物があるみたいで困り通しだ。
ホイッスルが鳴って、入れ替えタイムがきた。
類以外の唯一大学生の笹本くんが着用中のビブスをゆび指しながら、「牧野さん、これ~」と残念そうな顔でやって来て、見ると、端の巻き込み部分が10センチほつれていて、細長い巻きテープがブラ~ンと下がった状態になってる。
「あれ?そんなのあったの?」
「俺、糸くずかと思って引っ張ったら、こんなになってしまって。スイマセン。」
申し訳なさそうに言われた。
あたしはパイプ椅子から立ち上がり、新しいビブスを取って笹本くんに渡した。
「ほつれてたのかな、ゴメンナサイ! はい、これ!」
「どうも。」
脱いだビブスを受け取って、代わりに新しいビブスを手渡した。
持ち帰って、ミシンでダ~っと縫っちゃおう。
しゃがんでカバンを拾い、立ち上がろうとしたら、突然、グラリ。
地震じゃないよ。
身体がフワッとして力が抜けそうに、ひどい貧血みたいに身体から力がなくなった。
あれれ?なに?
そいえば、普通じゃない寒さと気だるい感じ。
頭が重くてボーっとするし、膝の裏や脇がチクチク痛む。
やたら手足が冷たくて、背中がゾクっときて、猛烈な何かイヤ~な身体感覚。
ヤバイ、あたしもやられた、イ・イ・インフルエンザだ・・・!思い切り、心当たりあるし。
身近に感染者がいたいた、パパについでママ。
元気だけがとりえの私が?
その時、コーチの声がした。
「つくしちゃん、次の練習日までに赤マーカー買っといてね。」
フォーメーションの説明に、赤インクが切れてたんだ。
「あっ//、了解です。」
のっそりとパイプ椅子にもどって、残り時間を見ると、あと30分。
あと少し黙って大人しくして、類に速攻で送ってもらおう。
すると、目の前に白いバッシュをはいた脚が2本やってきた。
そして、よく通る声。
頭を上げる間もなく聞こえたその声は。
「な、ほっぺた、赤くない?」
「っ?」
心配そうな顔してたのは、お兄ちゃんみたいな人、上沼さんだった。
「しんどそうだけど、ひょっとして、熱出てんの?」
「でも、あと少しだから。」
上沼さんは勝手に私の手首を取り、脈をよみながら眉間に皺寄せてる。
あたしは身体がだるくて、抵抗出来ずにいた。
「速い、熱ありそうだし。
すぐ帰って寝た方がいいわ、すぐ帰れ。
おっ、俺も今日は終わり、送ってやるから。」
「上沼さん。」
「・・・でも・・・。」
「どしたの、牧野。」
「こいつ、熱っぽいから早退させる。俺が送るわ。」
上沼さんが類に向かってそういうと、類は素早くあたしの額に手を当てた。
「あつい・・、いつから?」
屈んで覗き込む薄茶の瞳は、体育館の白熱灯に照らされウルウルして見えた。
「さっきから。」
自分で頬っぺに手を当てると、熱いし、絶対にインフルエンザだって気がする。
「俺が送りますよ。」
類の声が頭上で響く。
「牧野、車に学校のカバン置いたままでしょ。」
類の視線が素早く移り、上沼さんと向かい合うかたちになった。
そいえば、教科書入れたナイロンサックを類の車に置いたままだ。
「うん・・・。」
「悪いけど、それはまた今度、届けてあげてよ。
俺、もう帰るし、送るのはついでついで。
類くんは練習に戻って。」
「・・・。」
類は黙って上沼さんを見つめ返している。
「行くぞ。」
上沼さんは、既に私のカバンを持って出口に向かおうとしていた。
「・・・ごめん、類、先帰るね。
教科書、学校で会う時でいいからね、ごめん。」
他のメンバーらから、「お大事に!」って見送られる中、類だけは棒立ちでいたように思う。
つづく
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