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27.
3月になり、いよいよ道明寺が帰ってくる一週間前になった。
あれから、類とはなんとなくギクシャクとして、今までになく口数が減った。
西門さんは都内の料亭で集合だ!と言い出し、久しぶりのF4集結と婚約お披露目の記念には芸者を呼ぶとか、お祭りみたいにはしゃいでる。
私はパーティーの準備で、英語の集中講座やドレス選び、道明寺邸に足を運ぶ機会が増え、その週はバスケの練習を休んだ。
道明寺の不在時に、どれだけのんびりさせてもらっていたか痛感する。
ちょっと帰ってくるというだけで、まるで小さな嵐がやってくるかのような勢いで私の身辺が慌しく変わった。
結婚して、行事に四苦八苦する姿が目に浮かぶ、やれやれ。
その夜は、バスケを休み、道明寺の家に行った帰りだった。
黒光りのするハイヤーに送ってもらい、家に入る間際にメール着信・・・・・・類から!?
『ちょっと出てきて。』
小走りに外に出ると、白いポルシェにもたれたたずむ類がいた。
「類?」
「牧野に届けもの。」
類は運転席を開け、紙袋を取り出し、それを私の目の前に差し出す。
「何なの?」
中身はヘアケア用品だった。
「女物は牧野に渡せって、岩波さんから。」
「ああ~、それでわざわざ?」
メンバーの人から時々もらう販促用の品物だ。
「うち、入る?」
「いや、それより、ひまならドライブつきあって。」
「今から行くの?」
「そ。」
類は軽やかに身を翻して助手席側に回り、ドアをあけた。
車はすぐに首都高に入り、オレンジ色の灯をあびながら、いくつかの標識を右や左と選んでスイスイ進んでいく。
ウインカーのカチカチ鳴る音が小気味よい程、滑らかにスピードにのって走る。
レインボーブリッジが見えて、そしたら、海みたいに底が深そうな河の上にいた。
左側は、圧巻の高層ビル群、窓から漏れる煌きが怖いくらいの数。
右側は、お台場から続く暗い海に小船のあかりがポツポツ点り、まるで童話の景色。
それぞれどんな人たちがいるのだかと思いを馳せた。
「ねねっ、きれいだよ、類も見えてる?」
「うん。」
高速を下り、薄暗い公道をひとたび走って着いた先は、人気のない東京港に面した埠頭だった。
類は完全に車のエンジンを切り、何やらインディケーターを操作している。
「ここ?」
「うん、いいでしょ。
岩波さんに教えてもらったんだ。
女の子を落とせる場所なんだって。」
「類が乗っかるなんて、意外。
って、あたし?デートじゃないじゃん。」
類の返事はなく、代わりに車のドアを開け外に出ていく。
私も真似てみると、さすがに埠頭の夜はまだ肌寒い。
「デートじゃなくても、牧野と一回来たかったから。」
「光栄だね。」
黄色いプラントの明かりと暗い海、無機質なコンテナと海へ直角に落ちるコンクリートの地面。
私達二人だけしかいない、非日常的な空間にトリップした気になる。
「ほら、夜でもちゃ~んと潮の匂いがする。」
類は両手をポケットに突っ込んだまま背伸びして、クンクン鼻先を上にしてみせる。
それから、私達はひとしきり対岸のプラント建物の話をした。
そしたら、会話がプツリと途切れて、長い沈黙がやってきた。
遠くの小船を見つめても、真横の類が気になって、次の言葉を待つ落ち着かない沈黙だ。
ハ~ックション
その沈黙を破ったのは私。
「寒い?ゴメン。
牧野に風邪ひかせるわけいかないな。」
類はサッと私の背後に回り、自分のジャケットの前を開き、中に私を入れ抱えこんだ。
「えええ~っ、るい!!何するつもり?」
「こうやって、温(ぬく)めるの。」
「・・・って、ちょっと!」
「いいじゃん、まだ司はNYだし、誰も見てない。」
「で・で・でも・・・。」
「あ~、牧野の匂いだ。」
「・・・///。」
「帰ってきちゃうもんな、もう返さないとね。」
ドキリとした。
それって・・・それって・・・あの~。
いつもの仲良し表現・・・だよね。
こんな場所で、こんなに側で、こんなに強く抱きしめるからドキリとするんだ。
少々身じろぎしても崩れない腕の囲い。
でも、やっぱ近いよ、何のつもり?
頭の中が混乱してきて、心臓が飛び出るくらいドキドキしてきて、返事に困った。
シャワーを浴びた直後につけたのだろう、柑橘系のコロンの香りが濃厚に私の身体にまとわりついてくる。
血液がドクンドクン流れる音が止まらなくて、類に聞こえてるにきまっていて、もう恥ずかしくて、死にそうだと思った。
「・・・んも、か・かえすって、あたしは物じゃないんだから//。」
「大事な預かり物だったからね。」
大事な・・・大事な・・・・大事な・・・・・大事な・・・・・・
“大事な・・・”って、強く胸に響くよ。
何度も聞かされた免疫ある言葉のはずが?
「類、えっと・・・//。」
「何?」
「あのさー//。」
「ん?」
「あのさ・・・お母さん、・・・・ほら、あれ、もしかして、病気なの?」
とっさの照れ隠しで、これまたやってしまった!
一番心に占めてたことが端から飛び出る。
もう、何言ってんだか、心太(ところてん)みたいな脳みそいやだ。
「ゴメン・・・、いや、でもね・・。」
「・・。」
「ね、本当のところ、・・・・大丈夫なの?」
「それ言う?折角、ロマンチックな夜なのに。・・・・まあ、牧野らしいけど。」
身体を反転させようと動いたら、逆にギュッと強く抑えられて、海を見る体勢のままで拘束される。
でも、言っちゃったもんはもう引き戻せない。
ムードもぶっ壊す・・・恋愛に向いてないって、我ながら落ち込むけど。
「誰からの情報?」
「類こそ、どうして黙ってたのよ?」
「牧野だって俺に隠してることあるだろ。」
「は?意味わかんない。」
「・・・。」
「あのさ、ご病気はどうなの?」
「さあね。」
「さあねって・・・もう!頑固者。
も~う、偏屈者、薄情者!言いなさいよ。
自分が黙ってれば丸く収まるとでも思ってるでしょうけど、違うよ。
側に居て、そんな顔みせられて、あたしが平気な訳ないじゃん。」
「フッ・・・。」
耳の上に類の顎がコツンとあたる。
動かず数秒ジッとしてると、類の口から観念したような小さなため息と短い声が聞こえた。
「・・・あの人、死ぬんだって。」
「!?」
「ハァー・・・。」
髪の中に短い吐息がふりかかるのがわかった。
「そ・そ・それって、友里ちゃんから聞いたの?」
「うん。」
「で、会った?」
「まさか、・・・・・どうして今更。」
「今更って、類!!自分を生んでくれたお母さんでしょ。」
「もう、昔の人。」
「生きてるよ!話もできるんでしょ?マジで後悔するよ、会わなかったら!!」
「・・・。」
「でも、お母さんは類に会いたがってるんじゃないの?ちょっとは大人になりなさいって。」
「自分勝手やって、10年。
一度も会ったことないのに、死ぬから会いたいって何さ。
あいつの娘が、側に居てやれ、優しくしてやれって頼んできた。
何、話すのさ。
何も話すことないよ。」
「本当は会いたいでしょ?
死んじゃったら、どうしようもないんだよ、バカ。」
「・・・。」
「大バカ!」
みぞおち辺りに組まれた類の指を解きながら、エイッと力いっぱい身体を反転させて、その勢いでまくし立てようとした言葉も空中でたち消えてしまう。
見上げた類の目から、キラリと光る涙がこぼれ落ちていた。
滴は細い一本の筋で、揺らめく海面と同じに対岸の電燈色を浴び、ユラユラと心もどかし気に揺れて見えた。
あんまり綺麗でせつない瞳に、胸の中で色んな思いがあふれて出てくる。
言葉が見つからないまま見つめていると、その壊れそうな瞳が私の暴れる瞳とぶつかって、類は小首をかしげながら口を開いた。
暗くて憂鬱そうな海が、類を後押ししたのだろうか。
「俺の事がそんなに心配?」
「そうよ!わかるでしょ?」
「じゃあ、俺とこのまま一緒に居てよ。」
「っ!?・・・う・ん・・・もちろん、いつでもどこでも付いてってあげるよ。」
類は私の腰をぐいっと引き寄せた。
うわっ。
「こうやって、ずっと。」
「え・・・?」
「俺、牧野を放したくない。」
「・・・ん?」
「苦しいんだ。
こっから居なくなるって考えるだけで、イヤだ。」
類、何言ってるの?
お母さんの話していて、どうしたら、そういう展開になった?何考えてるのかさっぱり。
第一、道明寺と私・・・結婚するんだよ、応援してくれてたよね?
道明寺に頼まれてるからって、いつもそう言って助けてくれてたよね?
「る・い?あんた、ひょっとして、話を誤魔化すため言ってる?」
悲しげな瞳はこちらを見据えていた。
「バカ言ってないで、真面目に話そ。」
両手で拳を作って、類の胸を突き放した。
「ね?」
「・・・。」
「・・・んもう、だから、お母さんの話でしょ。」
類は黙ったまま、口を開こうとしない。
ずっと悲しげな表情のまま、涙も拭わないまま。
そして、自嘲気味な笑い声が漏れ聞こえた。
「・・ハっ・・・だな、ふざけるなだよな。」
「るい・・・。」
「俺、最悪だよな~、マジで最悪・・・言うつもりもなかったのに。」
「・・・。」
「最低だ。」
「・・・。」
つづく
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