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30.
二次会のクラブは若い子がいく普通の店だったけれど、だだっ広いVIPルームを貸切にしていた。
コの字型のソファーの中央に座る道明寺が、隣の席を叩きながら私を呼ぶ。
「牧野~、お前はここだろ。」
優紀と桜子の間の席を立ち、道明寺の隣へと移動する。
座るやいなや、肩を抱き寄せられ耳元で囁かれた。
「もう間違えるなよな。」
「ごめんごめん、つい。」
カクテルの口当たりがよくて、一杯目がすぐに空になる。
優紀が道明寺にNYについて聞いたら、道明寺は饒舌に答えた。
「デモ、道明寺さんの会社は巻き込まれたりしなかったんですか?」
「OCCUPY WALL ST (オキュパイ・ウォール・ストリート)って、富裕層がたった1%しかないってのが本当の不満だろ、俺からいわせりゃ、もっと自分を知れってんだ。
働く意欲の無い奴が、真面目に働いて税金ドカッと納めてる奴を責めてどうする。
ドル箱つぶして、国力落ちて、更に失業率が上がるぞ。
弱肉強食でビックになれた国が、今さら・・・ケッ、本末転倒だろ。」
「そうですよね。」
「仕事がない?かわいい従業員の首をやみくもに斬りたい企業がどこにある?
奨学金の返済? 最大限の補助してやってる。
これ以上、甘えるなってんだ。」
「デモって乱暴な破壊活動じゃなくて、今回は冷めた活動だよな、司の会社、火炎瓶投げられたりしたか?」
道明寺が手をヒラヒラ振る。
「SNSとかのツール使って扇動やってんだろ。」
「そうだよ、東京でもあったよなー。」
美作さんと西門さんも加わって話がしばらく続いた。
類は滋さんの横、一番遠い席に座って居る。
うつむき加減でグラスの水割りか何かを手に握りながら。
その時、滋さんがごそごそカバンの中を触って振り向くや、立ち上がった。
「これ~、女の子達だけにお土産~。」
GIORGIO ARMANIと書かれた、手のひらサイズの黒い紙袋を配ってくれる。
「今、円高でしょ。
イタリアに遊びに行ってきたんだけど、安いのなんのって。
滋ちゃん、時計を3つも買っちゃったよ!」
「そういえば、ユーロ大丈夫かよ。」
と西門さん。
「あきらんとこ、あっちは市場が大荒れだろ、このままギリシャがデフォルトでもなれば、イタリア支店もヤバイだろ。」
とは道明寺。
あれまあ・・・デフォルトなんて単語、普通に使うんだねー。
「日本の店にも波及してくるんだろうな。
まあうちは比較的、円建て決済比が高いから本業の方で踏ん張るのかな。」
「え~、株が下がったら困るよ。
滋ちゃんのお小遣いで、司んとことあきらくんとこと類くんとこの買ってんのに。」
「おい、類!SGが格付け落とされただろ。」
道明寺がうつむく類に話しかける。
「え?SG?・・・ソシエテ・ジェネラルのこと?」
「ああ、ギリシャ国債を大量に保有してるからな、フランスは。
まず飛び火するって噂、本当らしいぜ。」
「知らない・・・サルコジが何か考えてくれるでしょ。」
「なんだよ、それだけかよ。」
「まっ、ろくすっぽ日本語がしゃべれなかった司が経済を語るまで成長してくれて、お兄さんは嬉しいよ!」
西門さんが道明寺の肩に手を置いて、泣く振りをしてみせる。
「だから、俺には兄はいないって!」
「同意!!!さすが、司!」
と滋さん。
類はまたグラスをお代わりして、新しい飲み物を手に取った。
その時、道明寺が急に立ち上がった。
「そうだ、ちゃんと礼を言ってなかった。
これまで牧野が色々世話になった、お前らには感謝してる。
総二郎にもあきらにも。
それから、類。
俺が頼めるのはお前らだけだから。」
道明寺はまず、西門さんと美作さんと乾杯して、類に向かってグラスを上げた。
「な、類!」
類はのっそり顔をあげ、グラスを持ち上げる。
「お前も立てよ、乾杯だ。」
そして、類が立ち上がりグラスを掲げた間際、時間にして1・2秒、私と類の視線が絡み合う。
ちょっと寂しそうな瞳がサラ髪の奥からのぞける。
長いテーブルを疎ましく思った。
いつもなら、隣で元気ない類を小突いてでも笑わせるのに、この席だと遠すぎて不自由だと思った。
形の合わない歯形みたいに、痛こそばくて変な感じ。
ふと、肩に温かい手が、道明寺の手がのって、思わず振り返る。
道明寺が真顔になって私を見ていた。
「お前ら二人、おかしくねえか?」
「?!!」
「さっきから見てりゃ、二人して意識しあってねえ?」
「べ・べっ・・・。」
「おい!」
音が消えたように緊迫した空気が張り詰め、皆の視線の先が類に集まった。
「・・・。」
「おい!類!なんか言え!」
「何を言ったらいいの?」
類が重たそうに口を開く。
「お前、もしかして、牧野の事、まだ諦めてねえのかよ。まさかだよな?」
「・・・。」
しびれをきらした道明寺は居並ぶ旧友の前を大またで通り抜け、類の横の空いたスペースに躍り出た。
そして、今にも掴みかからんばかりに類に詰め寄る。
「どうなってんだ!お前ら!!」
道明寺が大声で怒鳴った。
「っちょっと!道明寺!止めてよ!早合点だって。
あたしと類は友達だよ、何も変わってないってば。」
「友達なら、普通にしゃべれるだろうが。
まるで、痴話喧嘩中みたいにチラチラ探り合ってんじゃねえ。
おい、類!
だいたい、なんでお前が牧野とずっと一緒なんだ、ずっと近すぎるんだよ!
そっから、気に入らねえ!」
「司、まあまあ、類は牧野に頼まれて入っただけだから、そうカッカすんなって。」
とは西門さん。
当の類はうつむいたまま、顔を上げようともしない。
「なら聞く。
俺と牧野の結婚、喜んで祝福してんだよな?類、言えよ!」
類は顔を上げ、垂れた前髪の奥から悲しそうな瞳で私を見つめた。
そして、頭を垂れて一言。
「ごめん、司・・・。」
道明寺のコメカミに血管が浮き上がる。
「な・な・なんだよ、ごめんって・・・ざけんな。」
話が最悪の方向へ流れていってる、どうにかしないと。
「道明寺、類は悪くないって。
あたし達、何もないよ。
お願いだから冷静になって。」
「俺はずっと冷静だ。
呆けてるのはどっちだ?は?
牧野、今日、ずっと誰を見てたか言ってみろ。
久しぶりに帰ってきたのに、この歓迎かよ。
恋人に対してこの仕打ち、あんまりじゃねえか?」
「止めろ、牧野は悪くない。」
「はあ?何だよ、類。
二人してかばいあって、アホくさ。
言いたいことあんなら言ってみろ、聞いてやる。」
「ち・ちがうの!
類は今、大変な状況なのよ。
だから、心配で気になってたっていうか、放っておけないっていうか。」
「大変?」
「司、まあ落ち着けよ。
再会の夜だぜ、そんな話は後でゆっくり聞きゃあいいじゃねえか。
とにかく、こっち戻って来い。座って飲もうぜ!なあ。」
「総二郎、悪いけど、膿は気付いた時に出さなきゃなんね。
でないと、いつまでも治るもんも治んねえし、始まんねえからな。」
「おぉ、司・・・。(←説得されて感嘆する総二郎)」
「で、類、大変って?」
類は目の前にいる道明寺に向かい顔を上げる。
無言のまま数秒、二人は目を反らさずに向かい合っていた。
「殴ってくれ。」
「・・・殴られるような覚えがあるのかよ。」
「友達として最低だから、俺。」
「・・・?。」
「女として見てる・・・今までずっと。」
パッコーン
キャー
類の言葉が終わるやいなや、道明寺の一発目、右拳が類の頬に入る。
そして、両手で類の胸倉を掴んで、睨みつけた。
「お前、よくも今まで飄々と俺と話せてたよな。」
「・・・ごめん、つかさ・・・。」
バッコーン、バッコーン
道明寺の二発目・三発目・・・類の頬にパンチが強烈に打ち付けられて、弾みで床に倒れこんだ類の上に、更に乗りかかって四発目・五発目。
止めて―――、誰か―――!
類は一度振り上げようとした腕をダランと下げ、人形のようにじっと動かずされるがまま。
無抵抗でいるつもりなんだ、バカ!
「止めて下さい!!早く!」
「あきらくん!!門っち!類くんが死んじゃうよ~!」
「道明寺、止めて ―――― !!」
すっかり頭に血がのぼってる道明寺に声は届かない。
殴られる音と呻く声が響く。
側にあったグラスが落ちてガチャンと派手に割れる。
類の唇から赤い鮮血が流れ、サラ髪は乱れ、頬は赤く広がり始めて、それでもなお殴られっぱなしでいる類。
どうして抵抗しないのよ、痛いでしょ。
心はもうボロボロに傷ついて弱りきってるはず。
お母さんのことで悩んで苦しんでた。
なのに、身体までボロボロにしてどうすんの。
これ以上、自分を痛めつける必要なんてないよ、もう傷つかないで!見てられない!
「類!!類!!!」
類の名前を叫んでいた。
西門さんと美作さんが二人がかりで道明寺を類から引き離す。
「やっぱりこんなこった!
お前に任せるんじゃなかった!裏切り者!」
押さえつけられた道明寺は類に罵声を浴びせる。
類の手は震え、頬が腫れ始め、血が頬にも飛び散り、目は朦朧としていた。
私は気づくと類のところへ駆け寄り、横たわる類に覆いかぶさって、そして振り返り見上げる。
「もう止めて!道明寺!類が欺いてるなら、あたしもだよ。
心は止められない。
どう想っていようが自由でしょ。」
「・・・は?お前・・・。」
「友達でしょ?道明寺?」
私の身体を下から離そうとする腕。
「牧野、俺の事なんか放っておいて。」
「放っておけない!」
「離れて。」
「イヤ!」
類を優しく抱きしめた。
痛々しい頬の赤みを見ると、胸が痛んだ。
「ハッ・・・・三流の寸劇だな。」
そう捨てゼリフを残し、道明寺は一人その場から出てった。
つづく
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