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19.
典型的な冬の日、静かに重く垂れ込めた空が体育館を覆っていた。
対照的に、館内には白く眩しい蛍光色があふれており、コートで見せる歯並びや指の一本一本まで隈なく照らし出していた。
年内最後の試合。
ユニフォームに包まれたしなやかな身体が重なり合っては、瞬時に離れる。
髪から腕から顔から汗がほとばしり、耳慣れた笛のピピーッやバウンスのダンダンダン、スピードにのった暴音が乱暴に天井を突き抜けていく。
白熱した試合。
反響したバッシュの鳴きは、遠い歌声のようにくぐもって、館外へ漏れ出ていた。
忙しい師走に練習試合とは。
けど、恒例行事らしく、年越しゲームでおしまい!が全てにおいて了解だった。
「上沼さん!ボール確認しておきましたけど、今日、上沼さんでいいんですか?」
「おう、全部な。」
「わかりました、お願いしますね。」
「ドアんとこに置いといてくれればいいよ。
俺が運ぶから。」
「んじゃっ、カゴ、取ってきますね。」
「おうっ。」
Spanky’s共有の道具類は、次の練習まで誰かが預かって持ち帰ることになっている。
必然的に移動手段が自家用車、それも、大荷物に勝手いい車の保有者が交代で持ち帰るのだけれど、今回は一ヶ月先までと長い。
上沼さんが持ち帰ることになったらしく、せめてお手伝いをと気を利かせたつもりだった。
「類くんはよかったの?」
「類?」
「・・・うん・・とか色々さ。」
上沼さんが車のハッチを開けながら聞いてきた。
「類にはいつも乗せてもらってるから、今日は違う車で・・・ナンって。
さっき事情を伝えときましたし、問題ないですよ。
よろしくお願いします。」
マネージャーとしての仕事があった。
コーチの家に仕分けものを届け、道具の1つ、空気入れの交換とついでにそこで物品補完も。
だから、上沼さんを制し、帰りは類の車ではなく、上沼車に乗せてもらうことにした。
上沼さんは荷台のボールを触りながら振り返り、ニーッと笑ってくれた。
「んじゃあ、行くか。」
「は~い。」
車が動き、体育館の横を抜けると、類と友里ちゃんが話しているのが目に入る。
またあの二人、あんなところで向かい合ってる。
背を向け話してるのが類、それに対し、友里ちゃんは憮然としてる様子が窺えた。
気のせいか二人が近い。
じっと立つ二つのシルエットが違和感のあるものに見える。
あんな風に近寄ったまま話す類はめずらしいと気付いた。
「アレ?類くんと友里ちゃんだよね。
言い合ってるんか?・・・喧嘩じゃないよなっ。」
ハンドルを回しながら、上沼さんがつぶやく。
「ほんと・・・。
あの二人、前もああやって話してた。
仕事の相談だって聞いたけど、今日は違うみたい。」
見えなくなるまで、ずっと二人から目が離せなかった。
「気になる?」
「っ??」
車はとっくに体育館を後にし、幹線道路に入っていたようだ。
即座に顔を小刻みに激しく振った。
「い・いえ!」
「妹が友里ちゃんを連れてきた時、言ってたな。
類くんのことを質問攻めしたんだって、女関係とか趣味とかさ。
二人を応援してたみたいで、教えてあげろってうるさかったけど、俺もよう知らんし。」
「うん。」
「でも、本人は違うって否定してたし、何も無いと見てたけど、実はあの二人、出きてんのか?
俺、なんも聞いてないけど。」
「私も・・・な・にも。」
アレ・・・どうしてだか、声がかすれて心臓の鼓動が早くなる。
胸を大きな重しでギュギューーっと押えさつけられたみたいだ。
息が苦しい。
ちょっと待った、息吸わないと。
類から何も聞いてないし、そんなことを想像したこともなかった。
「えっ?つくしちゃんも知らないの?じゃあ、単なる喋りか。
確か、友里ちゃんもどっかの社長さんのお嬢様らしいから、家柄もよろしく似合いの二人だけどな。」
「へ?・・・。
そ・そうですよね・・・友里ちゃん、お嬢様って感じ、ガンガンしてましたよね。
社長令嬢でしたか・・・、やっぱね。」
「だろ?」
「はあ~~、そういうことでしたか。」
少し力がぬけた。
思いのほか、肩に力が入ってた。
今見た光景も、前に見た光景も、とにかく告白が始まりだったのか。
でも、今までの類なら、冷酷なほどキッパリ伝えたはずの“NO”。
近づき難い雰囲気は、このクラブ内ではもう無いといえ、躊躇無く無表情に、薄茶の瞳は何も映さないまま、形の良い唇から吐き出していたはずだ。
白・黒ハッキリは道明寺も認めるほどで、ギロチンのように、はかなく瞬時に終わっていたはずなのに。
それが違ったってこと?
類はちゃんと友里ちゃんに向かい合って話してた。
友里ちゃんは可愛い。
助けてくれる大切な仲間でもあるし。
まだまだ成長中って言ってた意味はそれ?私には何も話してくれなかった。
心配するなって言ったのは、この事に口を挟むなって言いたかったの?
でも・・・まさか?
「友里ちゃんは類のことがずっと好きだったんですか?」
「何、意外だった?だって、類くんはモテるでしょ?」
「ああ、そりゃもう~、ウジャウジャ・・・。」
両手の指を曲げ、円を描いてウジャウジャ度を説明した。
英徳時代を思い出す。
F4が現れると女共がキャーキャーと我先に窓際に集まり、すごい賑わい。
中でも、ミステリアスな類は大人気で、何人もがこっぴどく玉砕されたと耳にしたものだ。
あの二人、類は断らなかったってことか。
ひつこくごり押しされてるとか。
会社つながりで断れない事情があるとか。
チームのため、無情に突き放せずとか。
そんな事情が?
曲がりなりにもこのチームの主要ガード、責任感や協調性も少しは見受けられる昨今である。
いや、賭けても言える。
付き合う気がないなら、一ミリたりとて隙を作らず、中途半端な返事なんかしない、後の事は考えずにバッサリバサバサ切り捨てる。
後は聞く耳もたないに決まってる。
静さん以来、あの容姿でも女っ気なしできた。
「友里ちゃんは類が目的でクラブに入ったんですか?」
「少なくとも、俺には真面目に入れて欲しいって意思が強く感じられたからなあ。
それに気立てのいい子だろ?」
「うん、一生懸命だし、いい子だと思う。」
「な?
まっ、いいんじゃないの?
二人が付き合っても。」
「う・・ん。」
類の気持ちが計り知れない。
私、何してたんだろ。
すごく唐突な話だと思うし、同時にひどく合点がいくような、相容れない感覚が混ざり合うのって、案外、デンと目を開けたまま静かに胸の中に入ってくるものだ。
ふと浦島太郎みたいと思った。
夢のような時間と引き換えに、おじいちゃんになって可哀想に。
びっくりを通り越してだけど、沈む太陽のように見つめるしかない。
類、大きな心境の変化があった?
ひょっとして、あれは痴話喧嘩だったりすんの?
いつの間に・・・全然気付かなかったけど・・・深く深くため息がでた。
考えがあって内緒にしてる?
私はずっと近くにいたよ、本当に・・・水臭いよ。
まったくもう・・・。
つづく
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