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25.
上沼さんの運転する車で自宅前に到着すると、すでに熱は急激に上がった後で、立ち上がるのもつらくフラフラ状態。
「あ・・りがとう・ございました・・・。」
ペコリと頭を下げたら、再び顔があげられないほど熱が回ってる。
世界がグニャっとゆがんでいて、小さく一歩づつ足を踏み出すので精一杯だ。
「待って、部屋まで送るよ。」
自宅に誰も居おらず、上沼さんが氷枕は~?とか体温計は~?とか叫んでいたような。
ドアの閉まる音が聞こえて、私はそのまま目を閉じ眠りこけた。
物音がして目を開けると、ママが側でタオルを交換してくれていた。
「つくし。」
「う・・、ママ。」
「ごめんね、つくしにうつしちゃったんだね、ものすごい熱。」
「・・・。」
目をもう一度つぶった。
「病院行く?
上沼さんって方がね、必要なら車出してくれるってよ。」
目を開けると、ママが体温計を持ち上げながら微笑んでる。
「はい、つくし、熱計ろ。」
「帰ったの?」
「そうよ。
けど、いい人ね、チームの方だってね。
氷枕や体温計に熱さましとか他にも色々買って来てくれてたのよ。
お礼言っときなさい。」
「そう。」
そして、そのまま瞼の重みに耐えられず、再び目を閉じた。
3日して、病院の薬のお陰で楽にはなっていた。
「姉ちゃん、類さん来たけど、どうする?」
類がお見舞いに来てくれた。
「いいよ、入ってもらって。」
類がひょこっとドアから首を出し、部屋に入ってくる。
「ッス。」
襟足を立てて着流した淡いグレイのハーフコートがよく似合ってるし。
「どう?」
「うん、少しまし。」
「キャッ、冷た!」
類はおもむろに私の額に手を当てると、まだ熱いじゃんって独り言みたいに言って、それから、勝手知ったように、年季の入った勉強机の椅子に腰掛け、持っていたナイロンサックを机の端に置いた。
「外、寒そう。 ありがとうね、それ。」
「どういたしまして。」
「類は熱ない?平気よね?」
「俺?・・・大丈夫だよ、この通り、どして、俺?」
そう言って、類は白い歯をこぼしながら、小さく声をだしておかしそうに笑った。
「俺はインフルエンザに罹らない・・・・・・ってつもりで来てるけど。
特に、牧野ののは強烈そうだから、勘弁して。」
微笑む類、そこに陽だまりがポッと生まれて、羽の生えたミニ天使達が飛び回りそうなくらい無垢に輝いて見える。
エンジェル・スマイル、天使の微笑み。
目で耳でその小さな感動を捕らえて、しばし呆然と見入ってしまう。
はぁ~・・・まるで、心に養分が流れ込み、身体の中に薬が染みていくようで、病気で弱ってるところになおさら効果的だ。
その声も、緩くかかったウェーブのようにふんわり軽やか、くすぐられ優しく溶かされて、ちょっとこそばい気分にさせられる。
淡白くて優しい類に触れるたび、私は何かしらリカバリーを繰り返してきた。
独特のその雰囲気が感染して、いつのまにやら角やら凹みやら色々取れて、しまいに元気が出た。
何度も何度も、幾度も幾度も。
私は類のこの微笑に滅法弱くて、どうやら簡単に反応してしまう。
免疫は一生つかないみたいだ。
そして、やっぱり類のことが好きだし、ずっと特別な人だと思った。
「姉ちゃん、おかゆ出来たよ~。」
「あんがと、ねえ、ママは?」
身体を起こし食べようとするやいなや、進にたしなめられる。
「仕事行った。
ちょっと、もうっ、食べんの待って。
先に熱計ってから!ほらっ!ったく、姉ちゃんは手がかかるなあ。」
体温計を押し付けられ、濡れたタオルや氷枕を素早く取り除かれた。
熱は37.9度。
進が体温計を確認してケースに戻す、テキパキテキパキ。
「じゃあ、はい、どうぞ!食べていいよ。<br<> ポカリで良かったよね?
おかゆがまだあるけど、ゼリーいただいたよ、類さんから。」
「あっ、類、まだ居たんだ。」
怪訝な顔の類と目が合う。
あまりにも静か過ぎて、類が居ること忘れそうになった。
サンキューと目配せすると、類は頬杖をつきながら黙って頷いた。
「俺に気兼ねせず、食べて。」
「うん、じゃあ遠慮なく。」
どうやら、まだ残るらしい。
何が嬉しくて、病人の部屋に居残るんだか。
「全部食べたね。じゃあ、次はこれ。」
進の右手に薬袋が、左手にはお見舞いのゼリー箱と氷枕が載ったトレイが。
「サンキュ。
進、おかゆの具合、ちょうど良かったよ。」
「当たり前、もう慣れたもんですよ。
姉ちゃんは熱が高いと全く固形物受け付けないからね、昔から。
病気になると、別人のようにしおらしくなるんだよねーー。」
「あんたこそ、しょっちゅう熱出して、姉ちゃんー姉ちゃんーって泣いてたっつうの。」
「昨日はうんうんうなってたのに、そんな口きけるならもう大丈夫。
さすが、姉ちゃん。」
「はっ?」
「39度もあったのに。」
「っさい、まだ、熱くらいあるわよ!」
「ハイハイ!」
「偉そうに。ちゃんと恩は返しなさいよ。」
「わかってますって、で、ゼリー食べるでしょ?」
進は甲斐甲斐しく立ち回って、新しい氷枕を用意し、ゼリーの箱を開けて選ばせてくれた。
「類さんセレクトだよ、おいしそうでしょ?」
カラフルなパンテ・ルージュのフルーツ・ゼリーがたくさん入っている。
ピーチのゼリーを選ぶと、進が蓋をはいでスプーンまでつけてくれた。
「じゃあ、類さんも。」
「いいから、俺の分もお食べ。」
「え~っ!」
いつもは喜んで我が家の団欒に参加するはずの類。
今日は目を細め、ちょっと離れた場所からこっちを眺めるだけのお客さんのような。
お見舞いって、元気を届けにくるもんでしょ。
「変だよ、類。」
「そうですよ。
食べましょうよ、こんなにいっぱいあるんだから。」
類は首を小さく横に振り、それから、振り払うように細く長いため息を吐き出した。
その顔が沈んで見えたのは決定的で、見過ごすわけにいかない。
進が部屋から出て行くと、部屋に再び静けさが戻ってきた。
「何考えてたの?」
「ん?」
「だって、類、さっきため息ついてた。」
「ため息?ああ、考え事?
牧野達見てると、俺に兄弟がいたら、どんな風に過ごしてたのかな~っとか考えた。
一人っ子だもん、俺。」
「ほんとに?はぐらかしたら、今度こそ絶交だよ!」
「・・・。」
類は私に向き直り、ゆっくりと首を捻って無言でいた。
「進とあたしはいつものことじゃん。」
私はベッドの上で背筋を正す。
「言っちゃえば!」
「何?」
「頭の中がいっぱいになったから、あんなため息が漏れるんだ。」
「ひょっとして、何か話したそうにムズムズしてるとでも?」
「いや、・・・・・・だから、このところの類が、・・・なんだか心配なの。」
「牧野の思い過ごしでしょ。」
「あたしね、ずっと類の心のため息が聞こえる気がして、それがずっと気になってて。
ふぅーってつらそうだから。
こうして聞くのも、最後にするよ!」
「・・・。」
「ポロッと愚痴ればいいだけじゃん。」
「他人(ヒト)に話して何か変わる?現実的に。」
「他人って友達でしょ、冷たいな、もう! 」
「前からね。」
ジロって睨んでくる類。
「だからぁー、友里ちゃんと顔合わすのがいや、とかー。
それでバスケ辞めようと思ってるってのも、まあ有り・・仕方ない、反対できないって覚悟もしてるしー、もう。」
ガタッと椅子を引く音が響く。
「熱もあるのに長居してゴメン、帰る。」
「るい!」
背を向けて立ち上がり、ドアの近くで再び振り返る類。
「牧野、俺、誰にも話す気ないから。」
微笑みはなく、代わりに寂しそうな印象が残された。
「やっぱり、あるんじゃん・・・。」
つづく
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