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happyeverafter09 9.
類っ!?
ちがうっ!!うそっ!トーマスだよ!!でも、なんで~???
近場のレストランにて。
ガツガツガツガツ・・・・ググ・・ゴックン・・・ップ
「あいかわらずのブタ食いだね。」
「んん?」
食事を終了すると、サッとナプキンを手に口元を拭い、こざっぱりとした顔をこちらに向ける。
とたんに格好よく上品な俳優顔に戻るのが、毎回、どれだけ人をビックリさせるか自覚するべきだね。
「それにしても、つくしちゃん、ビックリしたよ~。
つくしちゃんは、桜子と一緒の大学生でしょ?まさかここで出会うなんてさ。」
ジャグリングの出番が終わるやいなや、私の所までツカツカやって来て、激しくハグして大騒ぎしてくれたこの男。
お陰で大注目を浴びたよ。
まあ日本より、その目は優しかったけど。
あいかわらず明るいキャラというか、ノリがよいというか、類のテンションとは雲泥の差なわけだけど、やっぱり、どことなく似てるんだよな。
「それで、アンタは大道芸で暮らしてるの?」
「あれはサイド・ジョブ。
演劇学校に通いながら、時々はエキストラとか出てんの。
ここでは、必死に夢を追いかけてるヤツがたくさんいるだろ、サイドジョブもたくさんね。
つくしちゃんにも、僕が紹介してあげるようか?サイドジョブ好きでしょ?」
「あ~、はは、サンキュ、とりあえず。
でも、すぐに日本に戻るから大丈夫。」
「折角来たのに、どうして?すぐ帰らなきゃ困る??
道明寺さんとこにいれば、ご飯もホテル代もタダでしょ?」
「そういう問題ではないの。
第一、 道明寺は忙しいし、ちょこっと会えればそれでいいの。」
「恋人の胸に飛び込んじゃえばいいのに、離れちゃいけないんだよ。」
「・・・。」
「wish you were here ♪~」
BGMのサビを歌い出すトーマス。
こいつに私の素直じゃない思考回路を理解させようというのは無謀かもしれない。
「こういうカップルもありなのよ。
二人で決めて、納得済みなんだから、それでいいの。」
「wish you were here ♪~ そういうもんかな~?」
「あんたに意見されるとは思わなかったよ。」
その時、ガラスの向こうに華やかな赤いダリアみたいな女の子が立ち、窓ガラスに手をパーにして注意を引いていた。
「あっ、ローズ!」
気付いたトーマスを認めると、すかさず店内に入ってきたそのダリアの花。
名前はダリアじゃなくて、ローズっていうのね。
はねっ気のある赤毛にグリーン・アイの女の子は、トーマスのわき腹に腕を差込みぺタッとくっつくやいなや、英語でまくしたてた。
どうやら責められているトーマス。
ペラペラペラペラ。
ペラペラペラペラ。
弁解して、責められて、弁解して・・・るように見えて、ようやく落ち着いた。
「古い友達だって言ってるのに、こいつヤキモチ妬いたね。
ボクのこと大好きだから。」
そう言って、私に肩をすぼめて見せた後、彼女に向きなおり抱き寄せる。
「大丈夫、わかってくれたから。
あっ、紹介するよ、一緒に住んでるガール・フレンドのローズちゃん。
といっても、俺達、運命的な出会いだったんだよ。
タイで出会って、ずっとくっついて来られて、ここまで押しかけて来た怖い人。
だから、一緒にいるんだ。」
「はあ~。」
「Hi !」
「good girl」
そう言いつつ、彼女の首筋にドラキュラがガブリと噛み付くようなHっぽいキスをした。
「つくしちゃんとは違うタイプ。
でも、俺、こいつのために頑張れるから大事にしてる。」
トーマス、あんたは女に敷かれるタイプだったのね・・・やっぱりね・・・と思いながら、頷くしかなかった。
時間が来たので、そこで別れることになったけど、ちょっぴり寂しく感じた。
「つくしちゃん、お勉強がんばってね~。あと、色々とね~。」
トーマスは手を振り、ローズさんとメトロ乗場へ降りて行った。
突風のような強烈な再会、二人の残像が頭から離れない・・・。それから、道明寺本社ビルに戻ると、例の受付嬢があわてたように立ち上がり、ブースから出てくる。
「牧野様、先程は失礼致しました!
お待ちしておりました、どうぞ、こちらへ。」
エレベーターホールへと通され、連れて行かれたのは上層偕。
扉が開くやいなや、男の人が出迎えてくれた。
「牧野様、ようこそ、こちらへ。」
言われるまま付いていく。
木製のドアが開くと、強い存在感を放つ男からの視線が突きささってくるようだった。
『うわっ、道明寺!』「後はいい、下がれ。
呼ぶまで誰もここには通すな。」
「はい、かしこまりました。」
ドアが閉まるやいなや、立ち上がり、機敏にこちらへやって来るシルエットは、ブラインドウから差し込む西日に照らされ美しく輝いていた。
パリッとしたダークグレイのスーツ姿、ネクタイだって全く違和感無し。
どっからどうみても、ビジネスマンで、それも一流っていう風格すら感じられた。
真っ直ぐにこちらを見つめる眼差しはあの頃の眼差しと少しも変わっていない。
くっきり真っ直ぐ見据えられると、こちらの鼓動が高鳴ってしまう、そして、骨ばった鼻筋陰影があいかわらず、あいつの鼻の高さを見せ付けるように美しく落とされていた。
「っ、道明寺・・・久し」
「ド阿呆!!お前はあいかわらず、くだらないこと考えてんな!
来るんなら、早く知らせろ。
こっちも暇な立場じゃねえってことくらい、わかってんだろうが!!」
にこやかに笑いかけようとした口元も、広げた掌も、いきなり怒鳴られてショボンと萎れた。
「何よ!久しぶりの再会なのに、言い方ってもんがあるでしょうが!
大人になったと思ったら、格好だけなの?」
あいかわらず、カチンと来る。
まあこういうストレートな男だから、ここNYでやっていけるのか。
「はあ~?」
ややあって、深い溜息が聞こえた。
「今頃は3ブロック北にあるBNPビルで、お偉さんとアジア投資拡大について話してるはずだったし、その後はすぐ、シャトルでロスに飛ぶ予定だった。
明日の朝から予定は夜までギッシリ詰め込まれてる。
そこへだな、お前が急に現れて、引っ掻き回しやがって。」
「折角来てあげたのに、いきなりその挨拶?
それはすみませんでしたね!迷惑だったら帰るよ!」
すると、突然、大きな腕が私の体をスッポリ包み込み、道明寺の仕立ての良さそうなスーツの中に納まるように閉じ込められた。
懐かしい道明寺の匂いだ。
「アっ。」
ギュギューーッと力を込めて全身を抱きしめられた。
道明寺の体温と思いの丈が、髪の毛越しに伝わって熱く感じる。
身体から徐々に力が抜けて、抱きしめられるまま体を預ける心地よさを思い出した。
「文句と謝罪は、秘書に言え。」
「んん・・・////。」
「牧野・・・。」
「・・・。」
「ありがとう。」
「うん・・・。」
掠れたような小さな声が耳元に落ちてくる。
「・・・このバカが・・早く教えてたら、も少しは長く居られた。」
「やっぱり、少しだけしか?」
「ああ・・・俺の立場をわかってるのか怪しいな・・っふ。」
身体を離し、覗き込むような姿勢で顔を寄せられる。
久しぶりにじっくり見られて恥ずかしい。
「明朝、発たなければいけない。
時間をずらすまでが、最大限の変更だった。
俺が戻ってくるまで待っていられるよな?」
「無理だよ、それは。
明後日のチケット買っちゃったし。」
「キャンセルしろ、なんとでもなるだろうが。」
「明日の朝まで一緒に居られるんでしょ?
なら、話もできるし充分だよ。」
「なんだよ、それ。
恋人と再会して、それだけで満足かよ。」
「だって・・・。」
「それはそうと、お前、なんでメールの返事してこねえ?」
「へ?ああ~、道明寺にもらったパソコン?
あれ、壊れちゃったみたいで使えない状態のまま、修理か新しいのか考えてる。」
「はあ???言ってこいよ、んな事はとっとと。時差があるし、空き時間もマチマチだし、必要不可欠だろ。」
「んなこと言ったって、あんた、全くメール送ってこなかったじゃん。」
「あれは前だろ、ったく・・・ああ~、時間がもったいねえ、ホラ、行くぞ!」
そう言った道明寺は、急いで残務を片付け、私の手首を握るとエレベーターホールまで引っ張っていた。
着いた先は道明寺邸。
相変わらずの大きな豪邸なのに、お母様もお父様も不在で、道明寺自身も久しぶりの帰宅だというし、何てもったいないことなのかと思う。
それから先はあっという間の時間だった。
夕食中にポツリポツリと近況報告を出し合い、道明寺の激務を垣間見た。
「あんた、それでよく倒れないよね、犬並みというのかな。」
「お前にそれだけは言われたくない。」
ベットルームは別々だった。
けれど、朝目覚めると、道明寺が横でスヤスヤと眠っていた。
夜這いに来たの?
何の記憶も残ってなくて、ものすごい罪悪感にさいなまれそう。
だってあの強烈な時差ボケには誰もかなわないでしょ、最高級ベッドに寝転ぶやいなや、全てを忘れ撃沈してしまったようである。
クルクルとした黒い巻き毛と高い鼻筋。
本当に久しぶりに、マジマジ見た。
精悍に引き締まった頬骨あたり、昨夜聞いた激務をこなしてるせいなんだね。
目覚ましのベルがけたたましく鳴る。
道明寺が仕事に戻り、私が学生へ戻る朝が来た。
重なり合った時間は余りに少なく、申し訳ないほどだったけど、久しぶりに会えた事は有意義で、頑張ってる道明寺がすぐ近くに感じられたのは収穫だった。
ミス・コネチカットとは、スクープされて以来会ってないらしい。
やっぱりビジネスのために、気も乗らないのにやったこと。
私もお勉強にお稽古にバイトに頑張ってる・・・そして、バスケットを始めたってことも告白した。
道明寺は眉を上げ、一瞬、不愉快そうにしたけれど、私の説明に納得してくれた様子。
「優紀と一緒に手伝ってる。」
ただし、それ以上の事は話せなかった。
つづくPR -
happyeverafter08 8.
桜子と大学のカフェでランチしながら、いつものたわいない話をしてた。
「社会人の飲み会って、居酒屋でとりあえずビールって感じでしょ?」
「まっ、そんな感じだったね。
あたしは飲まなかったけど。」
「先輩が楽しんでるようなので、何も言いませんけど、もし、道明寺さんが側にいたら全くもって、許される状況じゃあないことだけは理解しておくべきですよ。」
「そーかな。
スポーツだよ、何も不埒なことしてないもん。」
「先輩、のめりこんでる感じですもん。
あの道明寺さんが黙っていられると思います?先輩がどうしても続けたいって言うんなら、自分のチーム作っちゃうかもしれませんよ。
先輩はそこの専属マネージャーでね。」
「げっ、あいつなら大げさに聞こえないところが怖いわ。」
そこへ、お祭りコンビの西門さんと美作さんがやってきた。
「おうっ、牧野、司に連絡とった?」
「えっ?」
西門さんがすぐ横の椅子をサッと引き、その背もたれに向かう形で、大きく跨いで腰掛ける。
その身のこなしもスマートで、西門さん目当ての女の子なら溜息ものだろう。
グーッと顔が近づいてきて、それは本当に端整に整ったお顔立ちで、黒髪もサラサラしていて私なんかよりずっと手入れが行き届いてる。
「近いよ!西門さん///それで、道明寺が何?」
「お前ら、まだ付き合ってんだろ?長いこと、電話すらしてないそうじゃないか。」
「ん・・・まあそうだけど。」
「俺さ、先週、青年部の仕事でNY行って来たんだわ。
ついでに司と飯でもって思ったんだけどよ、あいつ、マジで忙しいんだな。
携帯でようやく連絡が取れて、言われるままマンハッタンのオフィスに行ったんだけどよ、奥の部屋に通されて、そこで司、点滴してたんだぜ。」
「えっ??点滴って、あいつ病気になってるの??」
「いや、栄養補給だとか言ってた。
点滴中はゆっくり話せるからって、時間を惜しんで、その時間帯に頼んだらしい。」
「・・・。」
「司、弱々しくなってたぜ。
元気づけてやれよ。」
「・・・写真で見る限り、元気そうだったけど。」
「お前、写真っていつのだよ!浦島太郎か?NYでは刻々と情勢も変われば、仕事もきつくなってるんだぜ。」
「牧野だって、心配だろ?」
美作さんからもそう言われ、めいっぱい頭の中を回転させた。
「わかった。」
「なっ、今晩でも早速電話を・・。」
「行って来るよ。」
「うおっ??」
「会ってくる。
夏休みにバイト増やしたのはそのつもりだったからだもん、大丈夫、行って来るよ。」その2日後、NY行きのJALに乗った。
学校も始まってるし、十分なお金が貯まっていたわけでもないから、格安3日後リターンチケットだけしっかり持って。
9月のその日、マンハッタンはまだ温かく、半袖の人が目立っていた。
ガラガラとキャリーを引きながら、道明寺グループ本社ビルを探し出し、受付嬢が日本人っぽいのをいい事に、思い切って来社理由を日本語で告げる。
「道明寺司さんと会いたいのですが。
あっ、私、牧野と申します。」
日本から来た若い女の子に面食らった女性は、微笑を取り戻しながら、口を開いた。
「失礼ですが、アポイントメントをお持ちですか?」
「ふっ、良かった、日本語で。」
「はい、日本語大丈夫です。」
ニコリと微笑んでくれる。
「あのう~アポイント??ないと会えませんか?
私、ビックリさせようと思って連絡してないんです。
本当に知り合いなんですけど。」
「けれど、アポイントメントがございませんとお通しできかねます。
ご希望されますか?」
「あの~直接・・・秘書の方に、そうだっ!西田さんに連絡をとっていただくことはできませんか?」
眉間に皺を寄せながらも、お仕事を完璧にこなそうとする受付嬢。
「少々、お待ちください。」
「はい。」
ややあって、スマートな返事が戻ってきた。
「申し訳ありませんが、午後5時でないと西田は戻らないそうで、再度、お越しくださるか、もしくは、こちらから滞在場所へご連絡入れさせていただくことも可能かと思います。」
って言われても、滞在場所は決まってないし。
「じゃあ、また来ます。」
すごすごと退散し、また、摩天楼の街を歩くことになった。5時まであと3時間・・・どうしよう。
そうだ!アメリカといえば、NBA(National Basketball Association)の華やかな選手がいるじゃない。
オフシーズンだし、観戦できるわけないだろうけど、折角来たんだから、Madison Square Gardenだけでも見に行ってみよう。
キョロキョロ入り口を探して、ようやくたどり着いた。
Official goodsを売ってる店に入ってみると、Knicks やRangersの有名選手(多分)背番号付きユニフォームやパンツ、それから、キーホルダーやペン、なぜか、お決まりのI Love NYものも置いてあった。
ユニフォームは目が飛び出るくらい高い。
コピーなのに何故?って思うけど、これも収益の一つなんだから仕方ないよね、なんたって、選手のあの年棒は桁が多すぎる。
仕方なく類にタオル、優紀にはオバマ・チョコを買った。
中に入れないかな~っと、恨めしそうにしていると、一人のオバサンが声をかけてきた。
早口の英語なので上手く聞き取れない。
でも、親切そうなおばさんだし、誘ってくれてる感じがして、「イエス・イエス!センキュ!」なんて答えると「Come with us」って言われて、入り口をくぐりぬけた。
アメリカの有名な試合会場だから、野球場みたいに広いイメージを想像していたのだけど、それほど馬鹿でかいわけでもない。
入り口はいたってコンサート会場みたいで、全くの屋内仕様。
大きな扉の前に、クリアな箱が置いてあって、オバサンはそこへお札を入れた。
ニコッと振り向かれ、募金はいかが?みたいな視線。
財布から一ドル札を抜いて、差し入れた。
そして、重いドアを開けると、すり鉢状の中央コートは明るいライトで浮かび上がり、にぎやかなバスケの試合真最中だった。
A Red Cross Drive for Contributions (赤十字募金運動)と書かれたバナーが見える。
先程の募金といい、どうやら、募金目的の試合?らしい。
早速、空いてるシートに腰掛けて観戦してると、本場のノリっていうのかな、迫力を感じた。
プロなのかアマなのかわからないけれども、大きな黒人選手が多くて、ジャンプ力もすごい。
ゴールに手が届きそうなくらい高く飛ぶ。
音楽もじゃんじゃん鳴って、うるさいくらい。
驚いたのは、相手チームが得点すると、あからさまなブーイングの音をたてること。
それはスポーツマンシップから程遠く嫌われる行為だと思うし、日本にはどちらかというと、アウェイのチームをたてる素敵な習慣があって、私はそっちの方が断然好き。
『日本の美徳』って言葉を教えてあげたいくらいだ。
「samurai」とか「geisha」とかだけじゃないんだって。
とにかく、ここは感情がストレート過ぎ、そういう文化の違いを感じた場面だった。
その試合が終わると、次の試合を待たず、オバサンにお礼を行って外へ出た。Madison Squareのベンチに腰掛け、鳩を見ながら、ここに来た理由を改めて考えてみる。
勢いよくやってきたのはいいけれど、やっぱり、アポイントをとっておくべきだったかな。
道明寺は言葉も文化も違う異国で、めちゃくちゃ頑張ってるんだよね。
ふ~。
すごいよな~。
大衆文化だけでも違うのに、経済界・社交界で注目される立場なんて想像しただけで縮み上がりそう。
普通の大学生でしかない自分に、果たして元気づけてあげられるのかな?
何をしゃべったらいい?
日本だったら、もっとマシにやれてるよね?と祈るばかり。
目の前を、浮浪者だろうか、身なりの貧しいおじいさんがカートを押しながら、ゆっくり通り行く。
続いて、白人の子供がラティーノらしきナニーさん(子守)を急かしながら走り行く。
向こうで大道芸人がパフォーマンスを始めたようだ。
ふと、高校の頃、道明寺に冷たい言葉で追い返された日を思い出した。
だんだん意気消沈して、気持ちが重くなる。『あの時は・・・道明寺。
あの時はさ、あたしは全然わかってなかったよね。
あんたの置かれてる状況がまったくといっていいほど。』
二人の間に横たわる隔たりの正体が道明寺に嘘をつかせ、刃(やいば)のように冷たい言葉を吐かせたのに。
私は、身も心も凍りそうだった。
「何か理由がある」そう信じようとしても、一度閉じてしまった心が再び自ら開くことなく、その意志は深く深くハドソン・リバーの底に沈みこんだまま浮いてくることはなかった。
動くと壊れる、かろうじて原型を留めるので精一杯、強い思いが正義と信じた若気、それは一度崩れると、思っていたより弱く繊細で、このNYという世界の中心地では相手にされないと叩きのめされた。
今は少しだけ大人に近づいたのかな。
でも、私は・・・むしろ、停滞を選んだのかもしれない。
学生生活に悔いを残さないように、今できることを選んだから。
NYには早く大人にならなきゃいけない気配が至るところにあるというのに、英徳では皆平和ボケ・・・もちろん私もそうだ。
誰も急いでる人なんていないんだから・・・道明寺だってわかるよね。
『まだ私、何の術も持ってないよ。』
急に怖くなって、ここからどこかへ逃げたくなった。
キャリーの取っ手をギュッと握り締め、グレイのコンクリを凝視してたら、突然、大道芸人のかたまりからワーッという歓声があがり、無意識に視線を向けた。
中心に居る人物は陽気に照らされ、楽しそうにジャグリングをしてる。
あんな風にケセラセラでも生きられるのに、好きなことして自由にすごす人もここにはいるのに。
それぞれの住人にとって色濃い世界が共存し合う街NY、住めば都なんだろうけど、それらが絶妙に交わることって無いんだろうな。
ちょっと寂しいね、道明寺が可哀想。
あいつに秋のこんな陽気に当たる時間はあるのかな。
そう想いながらも、視線はジャグリングから離れない。
鳩とジャグリング・・・平和な光景だ。
色素の薄いサラ髪に整った横顔。
お化粧してるけど、ちょっと寂しげで、綺麗な顔してる。
あの人・・・どことなく・・・懐かしい。
そうだ、類に似てるんだ。
今ごろ、「骨休みだって」寝てるかな・・・?
けど、ホント似てる、類っ???!もしかして?
温かい血液がボワっと心臓から頭へかけ上がり、身を乗り出した。
つづく -
happyeverafter07 7.
大学が夏休みに突入すると、さっそく空いた時間に家庭教師のバイトを入れることにした。
『NYの道明寺に会いに行く!!』
心の中でそう決めて、密かに道明寺のびっくりする顔を想像しながら過ごした。
そう計画してみると、色んな事に身が入り、夏休みのカレンダーは書き込みでいっぱいになっていく。
バスケもそうで、計画的に進めた。
練習日には強引に類を誘い、早めに行って、みんなが来るまで自主練習。
体育館に二人きりでとても静か。
ボールの音が大きく響いて驚いたのにもすぐ慣れた。
柔軟体操から始め軽いアップ、参考本に載ってたメニューを押し付けて、厳しいけれど元気に明るく、そう!デキるマネージャーらしく声を張り上げる。
もっと強くなってもらいたいし、もっと練習するべきだから、「ねっ、やろうよ!!」って類を押せ押せで誘った。
また類も、「じゃあ、卵焼きたっぷりね。」とか「また、紅茶クッキー焼いて。」とか言いつつ、懲りずに来てくれて。
しかし、あの万年寝太郎が、、、キャラが変わってきた?
類が、あの類がよ、Tシャツの裾を上に折り返し、腹筋を丸出ししながら、「も少し腹筋割っとくか。」って、指立せ伏せプラス片脚上げ左右してた!?
意外なセリフもさることながら、腹筋間近で見せられて、それが割れてたから、目のやり場に困った。
「へえ~やるねえ~」なんてとんちんかんに言ってしまったじゃない。
F4にマッチョ・キャラは許される?
ましてや、類だよ。
類の汗にもようやく慣れたと思ったら、腹筋見せられドギマギする。
「人のことなんてどうでも。」って言ってた冷めた男(ヤツ)だったのに、実は類もこういう体育会系も似合うじゃん。
借りみたいなもん、感じる必要ないね。
利害の一致 ? ・・・ あははっ、まあ、よかったよかった。そんな夏休みも終わりに近づいた土曜日の練習日。
「・・・・・79・80・・・・・・・93・94・95っととっ!惜しい!!」
「やべっ。」
「後5回だったのに。」
「・・・もう、シュート練習したい。」
「ダ~メ、今日の目標なんだから。」
「飽きた。」
げんなりした顔でジーっと返事を待つ類。
でも、無言で首を振ったら、あきらめたようにボールに視線を戻す。
「後少しだったじゃん、ハイ、君ならできる!頑張りな!!」
左手ドリブルが何回続くか、100回までやるの!
毎回、目標をたて、コーチ役に没頭するのは楽しくて。
これは愛のムチであって、決していじめてるわけじゃあ・・・。
でもね、結局、できちゃう類の運動神経あってのこと!
だから、調子こいて、「じゃあ、次は150回くらいかな。」って。
やっぱり、私、Sッ気!?いやいや、これも鍛錬を思えばこそよ。
「牧野、厳しい母親になりそ。
スパルタの・・・スパルタン星人。」
「星人・・?何それ?」
「・・・俺も知らないけど。」
「んもう、どうせ可愛くないんでしょ?もういいから。
もっかい始めから行くよ!ハイッ・・・1・2・3・・・・・・」
類はフッと目を細め、再び、左手ドリブル開始する。
達成したら、ホッとした表情でフリースローを始めた。
ボール拾いや送り出しをしてるうちに、一人・二人とクラブ・メンバーが集まりだす。
「おっ、類くん、つくしちゃん、今日もやってるの?」
「こんにちは~、はい、お先にやってま~す!」
声をかけてきたのはキャプテンの岩波さん、大学生の笹本君の姿も見える。
「類、じゃあ、あたし外出るね。」
「おう。」
その時、類が放ったボールが大きな弧を描きゴールにスポッと音をたて入った。
ナイッシュ♪。。。類。
背を向けながら囁いた。ボールを拾い、そのまま1on1ルーズボール取りに移行させる岩波さんと笹本君。
にわかに音の数が複数に増え、いつもの練習が始まる感じで、私はマネージャーの仕事をすることにする。
スコアノート整理をするためベンチに腰かけたら、上沼さんの姿が視界に入った。
大学生くらいの女の子二人と立ち話中で、丁寧に対応してる感じが、いつも女の子達に素っ気無い上沼さんにはめずらしいと思った。
もしかして、どっちかが彼女さんなのかな?
練習が始まっても、その女の子二人は観覧席に残っていて、時折、私と目が合った。
恋人・家族・子供達に混じり、女の子グループが練習を見にくることはめずらしくない、けれど、なぜか気になって見上げるときまって視線が合った。
あの日、怪我をして悔しそうにしていた上沼さんの横顔は、『この人、本当にバスケが好きなんだな。』って印象で、間違いなく社会人バスケのイメージがUPしたと思う。
好きな事を続けるために努力して、そうやってonとoffを切り替えながら仕事するのって、とても大人に感じた。
そんな上沼さんが選ぶ女性ってどんな人なんだろ?・・・野次馬根性か。練習は、コーチがステップ練習重視なので、ランニング・体操、そして、ステップ・バリエーションから始める。
それから、シュート練習、フォーメーション練習、試合形式の練習。
門脇さんと上沼さんの速攻になると、息ピッタリで勢いが出てくるし、脚の長い類がギャロップ・ステップでガードしてるのなんか見ると、思わず声も出る。
そうなってくると、3時間余りの練習もあっという間のことだ。
優紀が休みなので、一人で集金やら後片付けをやり終え、事務所近くの階段脇を通りすぎようとすると、あの三人と出くわした。
ぺこりと頭を下げて通り過ぎようとしたのに・・・。
「つくしちゃん、今、少しいい?」
「え?」
上沼さんに呼ばれ、三人の前に近づく。
セミロングにシルバーのイヤリングが耳元で揺れる普通っぽい女の子と永作博美似のポニーテールの女の子。
「今はつくしちゃんがいるから足りてると思うけど、なんか手伝いが必要な時に使ってやってくれる?」
「は?え?」
どういうことかわからず、ポカンと口を開けたままでいると。
「お兄ちゃん、それじゃあ話が見えないでしょ。
あいかわらず、女の子と喋るの下手だなあ~。」
上沼さんは頭を掻きながら、照れくさそうに肩をすぼめる。
「マネージャーの牧野さんですよね?
こんにちは、いつも兄がお世話になっています。」
そういって頭を下げたのはセミロングの女の子。
「妹さん?」
「そう、こいつは妹。
いつまでも俺にくっついて、この歳でウザイだろ?
早く彼氏作れって言ってやるんだけど・・ぉ・っっぐ。」
バシッ!
すると、思いがけず妹さんが上沼さんの肩を平手打ちする音が響く。
「久々でしょうが・・・こうやって見に来るのは~。」
元気な妹さんはクルリとこちらに向き直って続けた。
「あの、松岡さんの古くからのお友達なんですよね?お二人がお友達だって、兄から聞いてます。
厚かましいお願いなんですが、応援要員としてこの娘も、お仲間に入れてやってくださいませんか?」
妹さんは永作博美似の女の子を肘で小突き、「ホラ!」と合図のように小さく言った。
「はじめまして、私、神崎友里と申します。
Spanky’sのファンなんです。」
鈴の鳴るような声とはこのこと?
透き通るような声質だと思った。
「お手伝いさせていただけませんか?」
揃って三人から頭を下げられるような形になって、どうにもこうにも、返事に困る。
「あ・あの~、まあ、優紀も実習で忙しいことですから、手伝っていただけると有り難いかもしれません。」
優紀に相談もせず、勝手にそう言っちゃったけどよかったのかな?
つづく -
happyeverafter06 6.
土手沿いの草花を視界の片隅に入れ、自転車のペダルをキコキコ言わせ風を切る。
すごく気持ちいい春の終わりの午後。
白くて可愛い野草花や鏡のように空を映し出す川面、ありふれたそんな風景ともずいぶんご無沙汰だった。
ポッカリ空いた対岸の空地から、子供達が集まりキャッキャと遊ぶ声が聞こえる。
いいな、楽しそう。。。
ランドセルを放り投げ、空が茜色に染まるまで遊び呆けた小さい頃を思い出す。
誰かが考えた新しい遊びに夢中になって、他とは明らかに違う空気がそこにはあって、また明日ね~ってバイバイするとリセットできる単純さもそこにはあった。
あの優しい日々に似たこの空気に、なんだかセンチメンタル気分だ。
空も風もなんて優しいんだろ、時間の流れまで悠々と感じる。
自然と口元をニンマリしながら、ふと川面を眺め見た。
浮き島で羽を啄ばむ鳥に目が行き、伴走してるのも忘れ、一瞬トリップしたその隙だった。
「わわわっ!・・・」
タイヤが何か固形物に当たった!
砂道をズリリと自転車ごとよろめいて、ヨロヨロヨロヨロ・・・横転寸前でなんとか片足着地し、膝を擦りむく難を逃れたけれども。
石じゃないね・・何、携帯が?・・・誰かの落し物?!
自転車を停めて、いそいで前方を走る友にストップの声をかける。
「る~い~、ストーップして~!!」
10メートル先から振り返った類はジャージにロンT姿、普通なのに目立ってるよ。
格好良いモデルみたいにすっと立つイケメンだね。
そりゃ、英徳でも無愛想なくせ人気の高かった花沢類なんだし。
目下、彼は牧野つくし構想:体力づくりプログラム実践中でランニング消化中なわけだけど、しばしタイムだ。
携帯を拾い上げ、一応、連絡先とか無いか外観チェック。
まさか、名前なんて書いてるはずもないんだけど、ストラップも付いてないし。
さて、どうするか・・・。
スッスッ。
「なに?どしたの?」
戻って来た類の息は荒く、額には薄っすら汗が浮かび、前髪もフワフワ空を浮かんでるのと、後ろへ流れてるのと半々状態。
類の家からだと、もう10キロくらい走ったもんね。
「それ、誰の?」
「わかんないから、困ってるんじゃない。
ここに落っこちてて。」
「拾ったの?」
落ちてた箇所を指差して、危うく転ぶところだったことは内緒にする。
「どうしよう、警察に届ける?落とし主さん、携帯なくて困ってるよね。」
「わざわざ?交番探すの?」
「落し物ごときで110番できないでしょ、私達が行かなきゃ。」
「元に戻しておけば?
すぐに取りに戻って来るかも知れないよ。」
確かに類の言う通り。
道の端っこならいいかも?でも、無鉄砲な子供もいるわけで、ズリリときて怪我したら今度は私のせい?
「戻すっていっても、棚があるわけじゃないし。
やっぱり交番かな?」
「じゃあ、開いてみたら?連絡つくかも。」
「それ、抵抗ある・・・類、お願い。」
シルバーの携帯を類にお任せとばかり差し出した。
「え?俺はわけわかんないのはパス。」
言いながら、胸の前で手をパタパタ振る。
「もう冷たいな~、類は。」
「なら、牧野がやれよ。」
「・・・それは~。
ホントに持ち主、戻ってこないかな?」
そうつぶやきながら、あたりをグルリと見回しても、ノンビリ歩くおじいさんと親子連れしか見えない。
再び携帯を睨みつけ、携帯を開くかどうか思案していた。
親切な人なら有難うって簡単な話だろうけど、個人情報管理がうるさい世の中、取り扱いも気を遣う。
「クスッ・・・ならさ、ここで持ち主が来るまで待ってよ。
気付いたら戻ってくるでしょ。
休憩・休憩。」
「はい?」
「ホラっ。」
類は自転車を引きながら、スタスタと川に向かって下りて行き、土手から遠くない所で止まった。
そして、来いよ!って頭を斜め振りして合図する。
あんた、そんな悠長な・・・。
でも、まあ今日は特別気持ちのいい午後だし、たまにはのんびりするのもいいかも。
自転車の横に二人並んで腰を下ろすと、カバンからタオルとボトル・ウォーターを取り出し類に渡す。
そして、そそくさ膝を抱えて足元の草を撫でてみた。
「ふーっ、こういうの久しぶりだわ。」
「こういう所にいっぱい生えてくるんでしょ?土筆(つくし)って。」
おもむろに類が聞いてきた。
「うん、雑草だからね、鉢植えとかは似合わない。
皆でね、こういう所にやって来て、土筆採りして家で食べたこともある。
共食いだって、パパに言われながら・・・ははっ。」
「土筆って・・・マジ食べるの?」
「そうよ、ママが御浸しにしてくれた。
フン!どうせ、粗食ですよ。」
へえ~と感心したような表情のまま、首にかけたタオルで横髪を掻きあげながら汗を拭き、ボトルの水をゴクゴク飲んで、小さくふう~って一息つく。
「家族みんなで土筆採り?・・・クククッ、牧野ん家らしいや、楽しそ。」
さらに、タオルで頭をゴシゴシ拭くから、汗と柑橘系のコロンが混じった香りが漂ってきた。
思いの外、なんだか男臭くて、思わずドキッ・・・!!
やだ、今さら、ドキリなんて///。
「牧野。」
「うん//?」
「飲む?喉渇いたでしょ?」
類が口をつけたばかりのボトルを私の目先に掲げ、聞いてくる。
ややあって、何かを察したのか、タオルで飲み口をキュッと拭き再び差し出した類。
「遠慮なくドウゾ。」
「あっ・・・うん、サンキュ。」
受取ったボトルの水は乾いた喉を潤してくれた。
友達なんだし、意識せずに飲めるはず・・・なのに、やっぱり異性だからかな、不必要なモヤモヤが邪魔して、変な気持ちになるよ。
類が汗なんか匂わせるからだ。
「ご馳走様。」
草の上にボトルをそっと置いた。
「牧野と間接キスしよ。」
そういって、私が飲んだばかりのボトルを手に取り、遠慮なくゴクゴク飲み始めた。
「//もう、ヤダ、類~そんな事言うかな。
子供!ガキ! 早く大人になれ!まったく。」
「はははっ、牧野、さっき意識してたでしょ。」
「!?////。」
「顔が赤くなってる・・・クククッ。」
「怒るよ!」
「ごめんごめん・・・おしまいね、もう、言わない。」
片手を上げたかと思うと、そのまま両手をバンザイし大きな伸びを一つ。
そして、そのまま後ろへどっかと寝そべった奴。
もう、からかうだけからかって、逃げるの早いんだから。
子供みたいに自由な大人、20歳(ハタチ)になっても類は変わらない?「うわっ、雲がスゲー速さで流れてる。
牧野も横になってみな、空が目の前にくるから。」
カサカサ・カサカサ・・・横になると、草の音が耳にこそばい。
でも、それより見上げた空には感動した。
「ホントだね、結構速い!
空ではあんなダイナミックなことになってるのに、意外と人間って気付いてないもんだよね。」
早送りのように、変幻自由に形を変える雲を見つめてると、圧倒的なその大きさに身体ごと吸い込まれ流されてしまうような感覚を覚える。
「人間なんてちっぽけで、格好つけてもバカらしいよな。」
類の言葉が心にストンと入ってきて、名言だと思えるよ。
「これいい!久々、こういう気持ち。
地球規模で考えたら、人間なんて泡粒みたいなもんだし・・・人生泡のごとしって言うじゃん。
怒ったり、落ち込んだり、そんなこと小さなことに思えてくるよ。」
どうあがいたって、なるようにしかならないんだ、人間がすることだもん。
道明寺とのことでちょっと凹んでたことも、どうでもよくなった。
最後に話したのは3ヶ月前、あれからどうしてるだろう?相当忙しいに違いない。
例のミス・コネチカットの言い訳もまだ、こちらの近況報告もまだ、ずいぶん間があいちゃって、今回はさすがにこっちから連絡した方がいいかもって思ったものの、かけるタイミングを考えすぎて、かけづらくなった。
やっぱり恋愛に向いてない体質かって落ち込んだ。
考えてみりゃ、悩むって程のことでもなかったね、自然にしてればいいんだ。
遠恋は色々大変なのは覚悟してるし、そんなもんで考え込むのもおかしいね。
なんだかスッキリしたぞ、これも落し物のお陰かな。「今日はこのルートで良かった~。」
雲を目で追いながら、実はこのところ凹んでたんだって白状しても、類もこの大空もうまく散らしてくれる気がした。
「牧野・・・。」
「ん?」
「眠い・・・ちょっと昼寝していい?」
「へ?」
隣を見ると、スーッと眠りの世界へ入っていく幸福な王子の横顔あり。
クスッ・・・類ったらどこでも寝ちゃう、人のこと言えないけど。
ただの川原なのに、ふかふかベッドに寝転んでるように見えるんだね。
そう思いながら、私も真似して一つ伸びしたら、とたんに睡魔に襲われウツラウツラしてたみたい。Trurururuururu・・・Trurururururur・・・Trurururuururu・・・Trurururururur・・・
なんか鳴ってる?
携帯の呼び出し音?・・・あっ!
握り締めていた携帯が大きな音で鳴ってるのに気付き、飛び起きた。
「類!起きて!鳴ってる!どうする?」
まぶしそうに薄目を開けながら、とれば?なんて暢気に返事する類。
プチ
「はい、もしもし。」
相手はその携帯の落とし主だった。
紛失に気付いてあわててかけてきたらしく、私達がまだ見つけたその場所に居ることを伝えると、ひどく申し訳なさそうに何度もお礼を言われ、いそいで取りに来るという。
ややあって、汗をかきかきやって来た人は近くの不動産屋の人で、無くならなくて良かっただとか、いい人に拾われて良かっただとか、さんざん感謝され、もらい物だから遠慮なくと無理矢理お菓子の袋を手渡された。
何度もお礼を言われた後、最後に言われた言葉に類と二人思わず顔を見合わせ吹き出した。
「素敵なお二人にピッタリのマンションがあるんですがどうです?敷金無しのサービスしますよ。」
「・・・?・・・あのう~。」
「あれ?ご結婚はまだ?そうですよね、お若いですもんね。
イヤ~早とちりでスイマセン。でも、新居の節は是非うちにお世話させてください。
長年こういう商売やってるとね、どんなご夫婦かなんとなくわかってね、離婚しそうなカップルとかには、正直、いい所お勧めできません。
お宅さんらみたいに末永くお幸せそうなご夫婦には、責任持って探しますから!これもご縁ですよ、絶対ですよ~!!」
つづく -
happyeverafter05 5.
春季大会3日目は初戦で強豪チームと当たり敗退。
負けた・・・呆然と突っ立っていた。
すると、「今日はこれで解散ですよね?」って誰かの事務的な一声が耳に入ってくる。
コーチを囲んだ反省会もそこそこ、「次、ガンバローぜ!」ってキャプテンの岩波さんが言ったらお開きになって、とたんに白い歯を見せ雑談を始めるメンバー達。
アッサリしてる・・・あのぅ、それだけですか?
甲子園球児でもないから当たり前なのかな。
全部が初めてのこと、社会人クラブってそんなもの?
けど、家に帰ってからの私は興奮冷めやらず。
熱に浮かれたようにバスケ本を夜中過ぎまで読みふけて、・・・熱い!これが青春ど真ん中?ってかなりのやる気モードに仕上がった。
部屋の天井を睨みつけ、巻けるものは腹巻でもはち巻きでも巻いて今度は勝つぞ!と元気が出た。
優紀にあきれられるね・・・子供みたいにはしゃいじゃって。
頭ん中はガラスワイパーで磨かれたようにクリアに冴え、もっとチームに貢献したいし、役立ちたい。
類も辞めないでくれるみたいだから、また一緒だし。
あー、次が楽しみ、早く練習日が来ないかな。今日は夕方からspanky’s打ち上げ兼歓迎会に参加する予定。
だから、朝から大学のメディアルームにこもり、課題を仕上げるつもりで集中していた。
飲み会って、ちょっと緊張するけど楽しみだ。
道明寺家のお陰で、こうして大学に通えている、その事はずっと頭から離れない。
意地でも勉強は手を抜かないって心に決めてる、牧野つくし、ガンバロ!
「やっぱっ、牧野、見っけ。」
「ここに居たか。」
「西門さん、美作さん。」
F2が二人、衝立の上から麗しい顔を出し覗き込んできた。
「経済データ解析の解法?・・・へ~、頑張ってるじゃん。」
他に何やら言いた気な様子がプンプン匂ってきますけどもぉ。
「な・な・・何?忙しいんだけど。」
「あのさ、俺らに報告あるだろ?」
「牧野、水くせ~ぞ。」
「だから、何よ?」
「類とバスケしてるんだって?」
「!!っ!!!どっからそれを?!」
思わず出た大声に周囲の視線を感じ、一礼してから声を最小限までひそめて続けた。
「シッ!ねえちょっと、誰から聞いたのよ?」
「学園内の女に尋ねられたんだぜ。
美作さん達もバスケチームに入ってらっしゃるんですか?って。
最初、意味がわかんなかったよなあ。」
「おう、類からも何も聞いてなかったし。
また、どっから転んで、そんなことになった?」
「待って、学園内って、この大学の?・・・早すぎ・・信じらんない。」
情報が漏れたところは別として、チーム内にバレちゃうじゃない、類の素性。
あー、知られて欲しくない。
「そいつ、友達から聞いたブログで確認したとか言うし、類に電話したら、寝てやがって詳しく聞けなかったけど、助っ人だって?デマじゃないみたいだな。
何だよ、そのクラブって。」
「・・・心配ないとこ。優紀の彼のクラブで、優紀も一緒だし。」
ニコニコ笑顔をひっつけた。
「助っ人なら、俺らも・・・。」
「ちょちょっと、待った!そんな大げさなことは困るって。
ただでさえ、類が御曹司だって隠してるんだから。」
訳わかんないとばかり、顔を見合わせるF2。
この二人だって、運動神経は抜群、バスケだってあの通りだったし。
大げさで困る?
英徳のしがらみと無関係に青春してるんだから、悪いけど、二人に入られては『困る』が本音。
身勝手かもしれないけど、そっとしておいて欲しい。
「ほら、だから、もう帰って。」
さらに声をひそめて手で払うと、速やかに画面に視線を戻した。そして、お昼12時の鐘が鳴る頃、もう一人がやって来た。
陽光を通したガラス玉の瞳、淹れ立てのレモンティーを思わせる澄んだ瞳にぶつかるまで、気配にも気付かなくて、椅子からひっくり返りそうになる。
「うわっ、ぎゃっ!!類!」
「えっ?」
「い・いつから居たの?」
「あれ?ビックリした?」
「そりゃあ、視線を上げた先に生首があったら、普通ビックリするでしょ。」
お愛想程度に微笑むと、側に回り込んできた類。
そして、画面を覗きこみ、小さくフーンって。
柑橘系の香りが鼻先を掠めた。
「進んだじゃん。仕上がりそう?」
「仕上がりそうじゃなくて、仕上げるの!」
鼻息荒くそう返事する。
「ククッ・・・ダイエットでもする気?お腹、すかない?」
「邪魔しに来たわけ?」
「ん。」
コクリ頷く類。
ここで頷くなんて、全く類らしい。
時にミステリアルな賢者に見えたり、木偶(でく)の坊に見えたり・・・誠に不思議な人だけど、始終、エスパーのように理解してくれる有り難い心の安定剤。
ずっと側に居て欲しい大切な存在だ。
それにしても、わざわざからかいに来たわけじゃないでしょ?
類だって授業も真面目に出てる様子、どうしてそんな余裕があるんだろ。
レポート提出期限は来週始め、こっちは泊り込みたい気分なのに、類には昨日も進捗状況を見られてる。
つまり、類は昨日もここへ来たわけで、何やら外国の伝記本を持ち出し、窓辺で長いこと読書を楽しんでいた。
あれは油を売ってたよね。
その横で格闘してる私って、早くPC買わなきゃってのが大問題だけど、学部選択ミスかもって落ち込むよ。
「何か手伝うことある?」
「んじゃ、お言葉に甘えて。
この本、探してきてくれる?」
メモ書きしていた紙を手渡すと、軽やかに背を向け、メモを見ながら歩いて行く後姿を目で追う。
「クスッ、へんなの・・・類ったら、ホントに何しにきたんだか。」陽は傾き、打ち上げ場所のイタリアン家庭料理の店へ向かうことにした。
乾杯するなり、類のことが公然と話題にのぼり、興味津々の質問攻めが始まった。
「花沢くんって、有名人なんだって?
俺、ブログに新人紹介載せたら、すごい反応でビックリしたぜ。
あれだろ?
F4っていう金持ちグループの一人だって。」
「俺も、試合の後、あの男の子は花沢さんじゃないか?って女の子に聞かれた。」
キャプテンの岩波さんはspanky’sが盛り上がるように、ブログでチーム情報発信していて、新人紹介掲載が事の発端のようだ。
「花沢くんが花沢物産を継ぐんだよなあ?
あの大きな商社の・・・とすると、すごい人がチームメイトに居るわけだよな・・・それも、すごい。」
上っちさんが、親しみのある笑顔で、頭を掻きながら言う。
お酒が入って話が弾み出し、口々に質問が出てくる。
「ほら、エリート教育ってか、英才教育っていうの、受けてきたの?」
「その顔で地位もあるのって、神様は不公平だよなあ。」
「俺らのこと、ずっと忘れないでね。」
「モテてモテて、困るくらいでしょ? チクショー、うらやまし~。」
「牧野さんは遠距離恋愛中っていうし、恋人って訳じゃないんですよね?」
戦々恐々類の表情を窺うと、やはり、不快に思っているのが手に取るように伝わってくる。
どうにかしなければ。
「あのう!花沢類は・・・花沢さんは、偉そぶったりしないし、まだ学生だし、家の事は関係無しでお願いします!!」
皆の視線をいっせいに浴びてしまい、ちょっとまずかったかな。
「アハハハ・・・私が言うのもなんだけど、少し変わってるけど良い人だから、よろしくお願いしますね~~。」
ふう~。
類を見ると、ちょっとビックリしたみたいだけど、すぐ微笑みに変わる。
そして、口を開いた。
「不慣れですけど、どうぞよろしく。」
そして、後を繋いでくれたのは、さすが門脇さん。
「うちはざっくばらんが売りなんだし、肩書きは持ち込まないで行こう。」
「そうだな。」
「もちろん。」
「“類くん“でいいよな?」
そんな声がちらほら聞こえる中、再度、乾杯することになり場の空気が和やかに変わる。類が耳打ちしてきた。
「牧野が心配することない、俺、何言われても平気。
言ったでしょ、小さい頃、散々・・・。」
「違うの。
類の為だけじゃない、類と一緒に目立たないで普通に過ごせたらって思ってたから。」
「ん?」
首を傾げて、見つめる瞳と目が合った。
「勝手だよね?」
「あのさ、周りの目がどう変わっても、俺らがそのままだったらそれでいいじゃない?」
「・・・。」
F4の一人、花沢類がここに座ってるのが不思議なことなんだ。
でも、当の本人は別に気にかけないと言う。
ごめんね、巻き込んで、花沢類。それから、目の前に座る上沼さんと横に座る上っちさんと学校やバイトの話をした。
「・・・あと、お茶のお稽古も。
そっちは、お菓子が楽しみで。」
「花嫁修業で?つくしちゃんって、英徳でしょ?お嬢様だもんなぁ。」
上っちさんに聞かれ、急いで首を振る。
「違うんです!ぜっんぜん。
貧乏暮らしで、バイトもしてますし。」
「それで、いつ彼氏と会ってるの?」
上沼さんがズバリ聞く。
真正面に見て、言葉少なに大事な事を聞く人だ。
「え?!・・・えっと、半年会ってませんけど、それも遠恋の醍醐味ですよ。」
うわわっ、いきなり聞かれた。
でも、道明寺のことはバレてないみたい。
「ふ~ん。」
「あのね、この上沼さんは遠恋で潰れた経験ある人だからね、遠恋反対派なの。」
「お前喋りすぎ。」
「いや~、俺だって大反対ですよ!
彼女とは毎週、いや、毎日でもいいな。
心配だし、顔見たいし、会いたい時に会いたいですやん・・・別れられないんなら、一日でも早く結婚か同棲する。
こ~んな可愛い彼女を放ったらがしにする奴、ずい分だと思うなあ。」
「私は仕方ないって割り切ってますから。」
上っちさんと上沼さんが揃ってこちらを見る視線を感じた。
「うわっ、健気~。」
「ホラ、そういう可愛い事言うから、近場の男が掻っ攫って行くんだよな。
ねえ、これからつくしちゃんって呼んでいい?」
ニンマリ笑う上沼さんとからかってるような上っちさん。
そこで、上沼さんが類に向かって話を振った。
「類くんとは不思議な関係なんだね。
最初、二人がいい仲かと思ったけど違うんだ。」
「?」
キョトンとする類。
グラスが空なことに気付いた上沼さん、慣れたように尋ねてくれる。
「つくしちゃん、ビール? ジュース?」
「未成年なんで、ジュースでお願いします。」
「類くんもジュース?」
「いえ、俺は二十歳ですから。」
少しムスッとした風に聞こえたけど。
「ごめんごめん、じゃあ、ビールね。」
類は注がれるビールの泡をじっと見つめて黙りこくってる。
そういえば、ビールと類って、なんだか新鮮。
ビールを飲む類って見たことなくて、ココアの方がしっくりくるんだけど、そんなこと言ったら拗ねちゃうかな?
それおいしい?類?どうなの?
つづく -
happyeverafter04 4.
春季大会2日目。
ここで残れば、ベスト8に入れて来週末の出場権を得られる。
ひばりが鳴きそうなくらい爽やかな空、天気は関係なくても、出足よければ・・・なんて。
白いスポセンには、様々なウエアが発表会のように集い、その多様さに思わずキョロキョロ、コミック系・癒し系・クール系・・・色々あって、どんなチームなのか想像を駆り立てられる。
それだけたくさんのチームがあるって事にも驚いた。
我がチームSpanky’sはブラジル国旗みたいな緑x黄で、アマゾン系?
真夏みたいに明るいから、応援の垂れ幕は見つけやすく、それがまた、2階席の目立つ場所にデカデカと垂らされてる。
あれは身内が?
いや、今まで気づかなかっただけで、チーム・Tシャツとチーム・マフラータオルを身につけた女子グループがちらほら、応援に来たファンみたい。
居るんだね、ファンも・・・ビックリだ。
アイドル並みに名前が書かれた金モール付きボードには、上沼さんの名前が目についた。
ファースト・ゲーム出場なので、選手達は既に軽い練習を始めており、コーチは仁王立ちで選手を睨んでいるし、2階席からも熱い視線がコートに注がれている。
ドリブルの音・キュッキュッと鳴る靴の音・男女の掛け声が響いて館内を飛び交い、どこもかしこも、バスケット関係者・・・そりゃ、当たり前か。
コーチが戦略を指示し終わると、キャプテンの岩波さんがフォーメーションの確認をして、刻々と試合前の緊張感が会場に張り詰める、にわかに熱の種火がともったようだ。
ピーーッ!!
試合が始まり、岩波さん、門脇さん、泉さん、橋口さん、そして類も、チームの勝利のため走り出す。
時計の針が動きだした。
類は大丈夫かな・・・今朝はポルシェで迎えに来てくれて、いつも通り、微笑みながら「オハヨウ。」って。
運転もいつものように楽しそうだったし、鼻歌も出てた。
気負わず、緊張感ゼロはいいけど、急遽参戦、ぶっつけ本番だから心配。
メンバーの名前、少しは覚えた?
するとコートでは、その類からパスを受け、橋口さんがゴール下でジャンプ・シュート、本日の初ゴールがきまる。
「るい~、ナイッシュッーー!」
わーい!よしよし好調!とりあえず、アイコンタクト、取れてるじゃない。
競り合ったり、速攻かけたり、動きに勢いづいて、バッシュの鳴きが激しくなってきた。
取っては取り返され、試合は進む。
速攻で決まると、また、速攻で取り返される。
互角の状態のまま、第一ピリオドが終わった。
「どうぞ。」
メンバーにタオルとドリンクを手渡し、類の近くへ。
「類、いい感じだったよ。」
「サンキュ、でも、これからだから。」
「そだね。」
ガチで炎燃やしてるとは言いがたいけど、勝とうと思ってる様子。
少し安堵し、拳を作ってニコッとすると、タオルの向こうで薄茶の瞳が面白そうに笑った。
2分間のインターバルは短く、コーチは早口に、敵の特徴、マンツーマンのマーク変更、指示を飛ばす。
コーチの話に全員が真剣に耳を傾けていて、もちろん、私も一緒に並んでる気持ち。
その中に上沼さんもいて、頷いたり床を見つめたり、テーピングの時、悔しがってた横顔が浮かぶ。
歯がゆいだろうけど、きっと、家で留守番なんてできない人なんだろうな。
第二ピリオド。
類が、開始早々、頭の上からフォロースルーを2本ともきめた。
まさか、故意にファウルを誘った訳ではないだろうけど、ここでの得点は流れをつくるのにタイミングがよくて、応援席の声援もドッと沸いた。
それにしても、まさか入るとはね・・・運も味方につけたの?
新メンバーへのフォローがあるにしても、類は味方の動きをよくつかんでゾーン内でも小回りよく動いたり、スクリーンをかけてブロックしたり、得点に貢献している。
合流したばかりとは思えず、チームプレイもちゃんとやってるじゃないの。
良い例が、第三ピリオド後半。
ディフェンスをかわし、ゴールポスト近くに入りこんだ類、岩波さんから絶妙のパスをもらい、打つと見せかけ、ローサイドに動いた泉さんへ絶妙のフックパス、それをキャッチした泉さんのシュートは芸術的に決まった。
相手を騙すフェイクって、言葉は悪いけど、嘘つくこと。
ポーカーフェイスの延長線上だと思えば、日頃から練習していた(かもな?)わけで、どこで役立つのかわからないもんだ。
泉さんからハイタッチを受け、つられて微笑む類を見守りながら、そんなの、F3以外の人とするのは激レアだとあんぐり口を開けてしまう。
でも目立つと言ったら、我がチームのスコアラーの門脇さんの方が優ってた。
ワンハンドジャンプシュートはホントに素敵で、空中で放たれたオレンジのボールは重さを全く感じさせず、軽やかな音を立てネットに入っていく。
重いはずなのに、いとも簡単、易々(やすやす)とやってるように見える。
背が高くスポーツマン風の門脇さんがコートに立つだけで、一段と格好よく見えるし、優紀がマネージャーを一生懸命する気持ち、わかるなあ・・・。
流れは好調のまま、第一試合をものにし、午後からの次の試合に挑むことになった。
選手達は一時解散で、優紀から食べに出ようと誘われる。
「つくし、門脇さん達と外にでるけど、一緒に行くでしょ?」
「二人で行ってきな。私は類もいるし、大丈夫だよ。」
「ううん、だって、お仲間達が一緒なの。」
優紀が視線を向けた先には、門脇さんと上っちさん、泉さん、上沼さんの4人が立ち話していた。
「ね?だから、花沢さんも良かったら。」
「うん、じゃあ聞いてみる。」
類に聞くと、OKの返事。
そして、私たちが入ったのは、ファミリーレストランで、7人でもすぐに通してくれた。最初に類に話しかけてきたのは、ベンチで見学していた上田さん。
皆から“上っち“って愛称で呼ばれ、誰にでもフレンドリーに話す人みたいだ。
「いやあ~、花沢君、甘いマスクであれって、格好良すぎじゃね?
俺のファンの子らがそっちに鞍替えしそうで、やべえ。」
「はあ?お前、ファンついてたか?」
泉さんが上っちさんをたしなめる。
「はあー?泉さん、知らないの? いるんだって、俺にも。
もうちっと出番があれば、わかるんだろうけども・・・ハハハ。」
「ところで、花沢君は高校時代、バスケやってたの?」
類の斜め前から聞いてきたのは上沼さんだった。
「いいえ、特には。」
その返事に一同、へえ?って顔。
「じゃあ、他の球技を?」
「いいえ、それも別に。」
皆の頭上にこれ以上???マークが浮かぶのに耐えられず、言葉足らずの類に加勢した。
「あのー、バ・バスケ同好会みたいなトコに入ってたのよね??ねっ、類?」
「ん?」
「それが、揃いも揃って全員背が高くて、運動神経バッチシ、球技センスも抜グンだったもんだから、グングン上手くなって、うちの高校じゃあ知らない人はいなかったくらい、いまだに有名な同好会よね??」
「同好・・会・・まっ、そんなとこかな。」
怪訝な表情は一瞬で消え、微かな笑みを浮かべ、納得した様子の類に一息つく。
まさか、小さい頃より、専属の体育教師がつき、体操から球技まで仕込まれ、自宅のコートでいつでも練習できる環境の坊ちゃんですなんて暴露できない。
いや、カミンングアウトは止めといた方がいいと私の心のアンテナが働く。
「じゃあ、バスケやってみれば?
大学の体育会は無理でも、うちのチームとかで。」
上沼さんがサラリと誘ってきた。
なんだか大人だ。
自分のポジションが奪われるとか考えないのだろうか。
「確かに、今大会だけの助っ人で見送るのは、もったいないと思ってたんだ、俺も。
練習時間は週2回だけ、始めから言っとけば、週末だけでもOKだし、無理ないんじゃないかな。
忙しい時はお互い様、文句無しの気のいいチームだし。
といっても、暇人が多いけどな。」
そう言うのは、この中で唯一、類の立場を知っているメンバーの門脇さんだ。
「他にも学生の人、いるんですか?」
思わず、声の主をガン見してしまう。
類っ!!まさか、貴方から聞くとは。
「いるよ、C大の笹本っていうやつ。
大学では部活やってないらしくて、一見、オタクだよな。」
「そうそう、笹本浩二くんはきてるね。
秋葉に居そうなタイプ。」
「でも、若い体力をもて余してるのか、バスケは好きだからとかで。
まあ、いろんな奴がいるから。」
それこそが、社会人クラブの特徴かもしれない。
個人の時間を尊重しつつ、趣味としてバスケを続けたい人の集まり。
色んな人が所属するのは自然な話で、オタクと類が同じクラブってことが現実に起こり得た。
隣の類を覗き込むと、飄々とした風情でメニューを眺めている。
この人は、一体何考えてる?
他人の事はどうでもいいって言ってたけど、先に尋ねたのは類、あんただし、なんか返事!
それに、類の考えも気になるし。
「類、ねえ、どうする?やってみる?」
「今、返事?」
「ってか、誘ってもらってるじゃない。」
「俺がどうでも、牧野は続けるだろ?」
「そ・そりゃ、一度引き受けたことだし、あたしは・・・。」
「まあ、固い話でもないし、試合が終わってから、ゆっくり気楽に考えてみたら?」
門脇さんが話を締めくくる感じで、メニューを手にし注文を促すと、類は軽く頷き、メニューに視線を戻した。午後から先発メンバーに加わった上っちさん。
上っちさんへ声援が飛んできて、嬉しそうにVサインを返してる。
メンバーチェンジが増え、若い笹本さんも出たり入ったりして、速攻の戦力になった。
結果、午後の試合も勝ち進み、チームは来週の決戦出場権を獲得。
「勝った!勝った!やった~、優紀、勝ったね!!」
「うん!」
目を潤ませ今にも泣きそうな優紀と顔を見合わせて、思わず手を取り合った。
Spanky’s最高~、やってくれた、バンザイだよ。
ベスト8に残った。
もう十分頑張ってくれたけど、来週もやって欲しい、そんな欲張りで期待する気持ちも一緒に、バイトや勉強とは違う、とってもすがすがしい安堵と喜びで胸が高鳴る!
この場に居れたことがとても幸せだ。
「つくし、片付けよう!」
目をキラキラさせたままの優紀に声かけられ、勢い良く返事をする。
「うん!」
小走りで優紀と一緒に片付け、営業がてら、相手チームのマネージャーに挨拶しに行った。
練習試合相手になるかもしれないチームへ手作り名刺を渡すのも忘れない。
体育館の出口にはまた新たな色のウエアが行き交い、すれ違った次出場チームが強そうだったのを視界の隅に感じた。
「ベスト8、また、来週も来ることになったね。」
優紀独特の柔らかい笑顔。
昔からちっとも変わらない。
「うん、また来週も・・・。」
そう答えながら、また再び、優紀と同じ位置で同じものに挑戦していることや、お金やビジネスと無関係な、バスケが縁で結ばれた気のいい人たちと輪を作れることが、昔みたいに懐かしく嬉しくて、引き受けてホントに良かったと思った。
つづく -
happyeverafter03 3.
人に頼みごとをするには、相手と内容によって作戦を変えるべし。
というけど、類の場合は・・・駆け引きはすぐ見破られるだろうし、モノでつれると思えない、だったら、真っ直ぐ頼み込もうじゃないの、一応、お弁当のおまけ付きで。
「ご馳走様、うまかった。」
「よかった。
初めてにしては、フリッター、フンワリ揚がってたよね。
今度は夏野菜いっぱい集めて、フリッター丼とか作ってみよっかな~。」
「ん?それも、食べさせてくれんの?」
ホイ来た、ここがタイミング。
「別にいいけど・・・あのさ、」
大学非常階段の踊り場で待ち合わせて、新メニューだから感想お願いなんて言って、一緒に食べた。
視界の中には、鉄製の柵に凭れて座る類と、艶やかな深緑の蔦がからまる講堂の窓と壁。
重厚な落ち着きと西洋の匂いがしてきそうな中、連なる音符のように見事な蔦は、類の姿形とお似合いだ。
私は一冊の本を類の前に差し出して、手に取るように小さく上下する。
そして、何故その本なのか、訴えるように説明した。
本屋で買った『バスケットボール~上手になる手引き』、そりゃ、バスケに関する本って一目瞭然なんだけど。
ピンクの付箋が数枚ペラペラ曲がって、ルール解説の在りかをうるさいくらい伝えてた。
マネージャーとして、観客としても、バスケを楽しむ為に必要な情報だ。
「・・・そこで、類にお願いしたいことがあるの。」
「何?バスケの相手?」
「ちがうよ。
類もチームでプレイしてもらえないかな?負傷者が出て困ってるんだ。」
「・・・そもそも、牧野、なんでマネージャーなんか引き受けたの?
司は知ってるの?」
類から小さな溜息が聞こえた。
「まだ言ってない。
今度、電話で話す時に言うつもりだけど、週末デートしてるわけでもないし、お稽古だって続けるし、何も変わらないもん。」
「暴れると思うよ・・・ックス。」
「えっ?」
「だって、男がいっぱいでしょ?」
「男って・・・スポーツだよ!スポーツマン精神あふれる団体で、ミーハー同好会とは違うよ!
バスケがやりたいって人が忙しい中、集まって来る。
彼氏持ちの小娘なんか、眼中に入らないって。
そんなこと、これっぽっちも考えなかったから、ピックリしたぁ。
それより類、ここは一つ、あたしを助けると思って、助っ人になって!
類が居てくれると心強いし、お願い!!」
すると、類は空を見上げ、口笛ふくかのようにどうしようかな~なんて暢気な口調。
辛抱強く、両手を合わせお願いポーズで待ってると、返事が返ってきた。
「牧野だって、俺が団体競技が苦手なの知ってるでしょ?
それにさ、突き指はバイオリンの敵だし・・・助っ人は無理。」
返事に胸が痛んだ。
一つ返事で引き受けてもらえると思い込んでいた自分に呆れる。
バイオリン弾きなことも、忘れてた。
焦りながらも、なんとかもう一押ししなければと必死で脳味噌を働かせる。
「でもさ、絶対に突き指するとは限んないんだし、類は最近明るくなったって評判だから、皆とも上手くやれるってば。
だって、感じいい人ばっかしだもん。」
「もし、うちの社員とか関係者とかチームに居たら、俺だとやりにくくなるんじゃないの?」
「えっと、門脇さんはA食品会社で、金物屋さんもいて・・・あと、なんだっけ・・・。」
言われてみれば、花沢物産次期社長だと知ると、やりにくくなるチームメイトがいるかもしれない。
そこまで考えてなかった。
「それに、俺、身体なまってるから、いきなり走れないし。」
返事の理由が至極当然であるように思えてくる。
「牧野には悪いけど、助っ人は無理だろうな。」
マジでダメ?
ガッカリというより、何だろう・・・飲み込みにくい食べ物を前にして、どうしても食べなきゃならなくて、胃袋がおもいっきし拒否ってる感じ。
「牧野、今、カエルが胃袋ひっくり返す時の顔してる。」
「ど・ど~んな例えよ、人の気も知らないで。」
「じゃあさ、ジャンケンする?
もし、牧野が勝ったら考える。」
「ホント?ジャンケンする・する!」
じゃあ、いくよ!ジャンケン、ポイ!
されど、勝負虚しく、私はパーで類はチョキ、あっさり負けてしまった。
もう、完全に諦めろということね。
はぁ~あ。
「残念だったね、牧野、頑張ってたけど。」
「もう・・・類のケチ。」
思わず出た本音。
類の顔を見たくなくて、階段の外に視線を送る。
「クスッ、冗談だよ。
今まで俺が牧野の頼みごと、断わったことある?」
「え?・・・それって。」
「助っ人にはなれないだろうけど、それでもよければ。」
「ヤッタ!そうこなくっちゃ。
どんな練習でも付き合うし、お弁当もまかせて。
週末には試合だから、その前に顔合わせしておいた方がいいよね。
今日はどう?」
「えっ、いきなり?急過ぎ。」
「ごめん・・・水曜日は練習日だから。」
「ふー、わかったよ、行くよ。」
「ありがとう、類。」
「牧野の事、司に頼まれてるからね、俺。」
「どうぞよろしくお願いします。」
殊勝にペコリ頭を下げといた。順調に勝ち進んでいるチームの士気はあがっており、平日にもかかわらず、参加者はほぼ全員らしい。
私と類は、新メンバーとして皆に紹介され、早速、練習に加わる。
キャプテンの岩波さんが類に付いてくれて、まずは全員でコート周囲をランニング、サイド・ステップ、バリエーションでのコート往復。
それから、各自ボールを持ってドリブル練習が始まった。
私は優紀の側で、知りたい疑問点やこのチームの事、そして、マネージャーの仕事を教えてもらう。
「やってるうちに覚えてくるから、大丈夫だよ。
それにしても、よく類さんを説得できたね。
聞いたときは、ビックリした・・・だって、あの類さんがチームに入ってくれるなんて意外じゃない?
なんて言って、誘ったの?」
「熱意で拝み倒しただけ。
だって、類がバスケ上手いの知ってるんだもん・・・高校の頃、3on3したことあってね、ビックリした。
あたしの退学をかけて、道明寺チームと戦ってくれたんだ。」
「え?道明寺さんのチームと?」
「そ、あん時は色々あってさ。」
「ふふっ・・・ほ~んと、色々あったね。
今なら、笑って流せるね、つくし。」
「ハア・・・わずか2年前のこととは思えないけど。」コート内では、シュート練習を始めている。
一対一、ディフェンスをかわしてシュートが決まれば、落ちてきたボールを拾い、再び列の最後尾へ。
列で順番を待つメンバーは、10人そこらなので順番はすぐに回ってくる。
ノリのいい音楽が絶えず鳴っていて、それに合わせて身体を左右に揺らす人、ドリブルしながら待つ人もいる。
ディフェンスは、カットできれば交代、リズミカルにポジションが動いて、その軽いテンポが見ていて気持ち良い。
類も勿論、列に加わりシュートをバシバシきめていた。
うん!カッコイイ!
あの列の中では、類の身長は並くらい、もしかして美男子過ぎて浮いてしまう?って心配は取り越し苦労だったみたい。
だって、スポーツしてる選手はみんな格好よく見えるもんだ。
2時間ちょっとの練習時間はあっという間だった。
「おつかれさ~ん。」
「類、お疲れさま!」
「おう・・・すっげ、汗かいた。」
類にタオルを手渡し、様子を窺う。
「どうだった?寝てばっかいないで、そうやって身体動かすと気持ちいいでしょう?」
「まあ・・・そうかな。」
そこへ、コーチがやって来る。
「花沢くん、お疲れさん。
聞いてると思うけど、週末の試合はSF(スモール・フォワード)に入ってもらいたいから、そのつもりでいてくれる?」
「ハイ、わかりました。」
コーチは類の肩をポンとたたく。
「突然ですまない、ヨロシク頼むな。」
類は無言だったけども、ちゃんと顎を下げてたし、微かに両口角が上がってた?
「なーんか、新鮮。
類が初対面の人に、無視せずちゃんと対応してるし。」
「当たり前でしょ・・・いい加減、その俺のイメージどうにかして。」その後、シャワーを浴びた選手達は、三々五々帰っていき、優紀は門脇さんと、そして、私は類と一緒に帰ることになった。
「ねえ、類、本当に電車で帰るの?荷物だって、あるよ。」
「俺達は仕事無いんだしさ、ゆっくり帰ろうよ。
牧野、お腹すいたでしょ?」
「うん、ペコペコ。」
「じゃあ、何食べたい?」
「う~ん、特にリクエストは無い。類こそ、何がいい?」
「俺も何でも。」
話してるうち、駅前の繁華街へ入ったようで、店のライトがやたらと誘ってくる。
「あそこは?」
「居酒屋だよ・・・それも、すごく大衆向けの居酒屋。」
「面白そ、あそこ行こう。」
看板にはこちらを睨みつける達磨のデカイ顔、そして、使用するネタについて、斜め書きで踊るように書かれている。
何気なく類を見上げると、私を見下ろし返事を待っている。
シャンプーしたての髪はサラサラ気持ち良さ気に頬にかかり、瞳は出来たて紅茶飴のようにとろり甘そうに澄みきっている。
さぞかし、サッパリ洗い流したんだろう。
まるで夏祭りに行く前、あわてて行水を済ませた少年のような、剥きたてのゆで卵を連想させる。
テッペンの髪が数本、夜風に煽られ浮き上がり、その様子をボーッと見つめていた。
「行こうよ!ね?!」
首を少し倒してニコリ微笑んでくれたのはいいけど、キャー類、それは反則でしょ。
私が類の微笑みに弱いってこと知ってるでしょうーーー!?
「う・うん///」
もう返事なんかまともに出来ないじゃん。
「じゃ、決まり。」
私の背に手を当て歩き出す類につられ、私の足も動き出す。
店のドアを開けてくれた時、類から漂って来た石鹸と少年の匂いは、とっても清潔で優しい匂い、思わず胸いっぱい吸い込んだ。
「どうぞ、入って。」
「うん//。」
こんな懐かしい匂いと出会えるなら、マネージャーって役得かも?!なんて、一人こっそりほくそ笑んだ。
つづく -
happyeverafter02 2.
優紀はT女子短大保育科へ進学し、入学したその春に彼と出会った。
彼は食品会社に勤める社会人、24歳。
すらりと背が高く、ミスチルの桜井和寿似のスポーツマンで、社会人バスケット・クラブのエースだ。
毎週水曜日の夜と土曜日の昼間、それに、今日みたいに試合があれば日曜日も、優紀はクラブ・マネージャーとして忙しく働いてる。
まあ、それも、少しでも彼氏と一緒に居たいからって理由なんだけども、なんだか楽しそうで嬉しそうに話すから、今日は私も付いてきた。
「つくし、ありがとうね。
今日の相手、昨年負けたチームらしくて、みんな気合入ってるんだ。
手伝ってくれると、すごい助かる。」
「いいってば。
こ~んな風に、バイトや勉強と関係ないことも、たまにいいよ。」
そんな事を話していると、赤いスバル・レガシーが近づいてきて、目の前で止まった。
運転席から出てきたのは、もちろん優紀の彼氏、門脇さん。
たくさん積み込めるワゴンタイプの車に乗って、私たちを迎えに来てくれたのだ。
「お待たせ。」
「こんにちは~。」
乗せてもらうのは2回目になる。
でも、門脇さんとは数回会ってるし、優紀から色々聞いてるらしくて、会話が楽、かしこまらなくて済む相手、これが社会人の包容力というもの?
門脇さんは男らしく、優紀からクラブの道具を受取ると、軽々と荷台へ詰め込んだ。
「どうぞ、乗って!」
私が後部座席に乗り込むと、車は試合会場へと出発した。到着したのは総合体育センター、通称:白いスポセン。
大きくて立派で、豆腐みたいに四角くて白いから、そう呼ばれる。
到着すると、二人は大会開催委員の受付を探し、書類手続きしてから、また、二人仲良く戻ってきた。
「よし、行こう。」
チーム名は、spanky'sという。
近所の都民を中心に、ただし、入部資格に住所規定はなく、隣の県から参加してるメンバーもいて、20代から40代までのバスケ好きが集まった、いわゆる同好会的な社会人バスケクラブで、今日は春季大会初日だった。
開会式が終わると、早速、第一試合開始のホイッスルが体育館に木霊する。
Spanky’sは予備練習場へ移動し、試合までのアップを始めた。
優紀は出欠確認と健康チェック、コーチへの伝達と打ち合わせ、新しいユニフォームをメンバーに手渡したり、何かの領収証を受取ったり・・・、メンバーは優紀を見かけると気軽に声をかけてくる。
合間に私を紹介してくれて、マネージャーってホント気配りできなきゃ勤まらない。
「ゴメン、つくし、そこにドリンク用粉末があるから、作ってきてくれない?」
「りょうかーい!」
プラスチック製バスケットに放りこまれた人数分の空ボトルと箱入りの粉末を持って、給湯室へ小走りで行く。
帰りは、重たくなったバスケットを両手でヨッコラショと運び、早速やってきたメンバーへ笑顔で手渡す。
「ありがと、つくしちゃん。」
よく知らない大人の人から名前を呼ばれて、なんだかこそばい感じ。そして、いよいよ私達のチームの試合が始まる。
優紀は試合直前の作業を終えると、スコアノートを持ってスタンバイし、私も肩に力が入ってきた。
中央にあるサークル内では、敵と味方の選手が一人づつ、屈伸したり首をグルリ回したりして、審判がボールを放つのを今か今かと待機して。
ピーッ!笛の音。
ボールが高く上げられ、パンッ!とはたかれるやいなや、選手たちは大きな水槽に放たれた小魚みたいに、いきなりササーッとあっち行ったりこっち行ったり、散らばる散らばる。
短い笛が鳴ると、動きが止まり・・・えっと、なんてファウルだっけ?そういえば、ルールは大丈夫かな、私?
要は、ファウルしないようにゴールを決めればいいんだよね。
味方のシュートが決まった。
ヤッター!喜んでると、敵がボールを持って、あっという間にシュートをきめられた。
スコアボードの得点は、ものすごい勢いで2の倍数であがっていき、取ったら取り返されて、同点のまま第一ピリオドが終了。
ふーっ、忙しい競技、こんなだったっけ。
これじゃ首が疲れる、首の筋肉痛になるかも、ボールを目で追うのが精一杯だ。
感心してる暇無く、選手達がベンチに戻ってくる。
「つくし、お願い!」
「あっ、うん!」
タオルとドリンクを配り、ボトルを回収し補充したり、出来る事はないか注視しながら、コーチの話を聞くメンバーをうかがう。
そのうち、休憩(インターバル)が終わり、笛の音が“ピーッ!”、さあ再出陣だ!
ボール・ゲームって、独特の緊張感があって、どこか胸の中をソワソワさせる久々の感覚。
『みんな、頑張って!』
選手達の背中にエールを送り、ゴールネットの女神が微笑むのを願う。
相手にフェイントをかけ目くらまし、パスが通り、ボールが面白いように繋がっていく。
ゴール近くに居た選手がジャンプ・キャッチ、そのまま空中で鮮やかにシュート!
ボールは吸い込まれるように、ゴールネットに入っていった。
門脇さんだ!うまい!
でも、感動もつかの間、ボールはコート内ではじっとなんかしてくれない。
それが、バスケだった・・・そういえば。
高らかに笛が鳴って、今度はフリースロー、それくらいはわかるけど。
相手チームがボールを持ってるということは、味方チームがファウルをしたということだよね・・・授業で習った記憶がメキメキ蘇ってくる。
どーか、入りませんように、自然に手を合わせて祈ってた。第一試合は無事に勝ち進み、第二試合が始まった。
いよいよ、雪辱を晴らしたいチームとの対戦で、円陣を組む輪がメラメラ燃えあがる。
ハーフタイムを終えた時点で、spanky’sは5点の差で負けていて、もうじっと座ってなんかいられず、声を張り上げていた。
「ファイト!ファイトー!!かどわきさ~ん!!」
2の倍数が、何故に奇数になったのかわからない疑問を残しつつ、後で優紀に聞いてみようと思う。
どの選手も相当な汗の量、顔も肩もピカピカ光って、リストバンドでは拭いきれない。
走りっぱなしの選手達に交替要員は十分おらず、さすがに疲労の色が浮かんできた。
速い動きが減った気がするし、キャッチミスも出てきて、集中力が落ちてる様子、そりゃあ、普段は働いてる人ばっかしなんだから、それも仕方ないか。
ピピーッ!ホイッスル。
一人、選手が座り込み、脚に手を当てながら痛みに耐えていた。
「つくし、アイシングの用意!」
「うん!」
運ばれてきた選手はうちの選手、それも何度もシュートを決めてた人だった。
コーチがそっとシューズを脱がして、状態を確認し、あきらめ顔で選手交代を告げにいく。
「冷やします!!この辺りでいいですか?言ってくださいね。」
私は用意したアイシングをアキレス腱の右と左の二箇所に当て、動かさないように押さえ込んだ。
「・・・ッ・・・クソ。」
悔しそうに言う彼の顎から、汗がポトポト落ちて、タオルを渡したものの、なんて慰めていいのかわからず、見守っていた。
すると、コーチがやって来て覗き込む。
「上沼、どうだ?無理そうか?」
「・・・いえ、大丈夫っす。ラストは、いけます。」
「ムリするなよ。」
「はい。」
「じゃあ、つくしちゃん、もう少し冷やしてやったら、テーピングして。」
思わず頷いちゃったけど、私にテーピングをしろと?
薬箱からテープを取り出し、覚悟して始まりの場所にテープを貼り付ける。
「おっと、逆!」
「え?あっ、スイマセン。」
頭ではグルグル上手く巻いてるイメージなのに、包帯みたいにスルスル滑らないし、だいたい決まった向きってあんの?
ましてや、知らない男の人の足で、触れるのも気が引けるところだし。
間違ってはベロッとはがし微妙に位置をずらしながら、力の加減も確認しながら、悪戦苦闘の挙句なんとか仕上げた。
「ふーっ、出来ましたぁ!」
「クスッ、つくしちゃん、初めて巻いた?さっきの独り言?」
「はっ?また、喋ってましたか、ごめんなさいっ//癖なんです。
テーピング、そんなので大丈夫ですか?」
「うん、多分。サンキュ。」
短い前髪を逆立てた上沼さんって人は、両手をついて立ち上がると、ベンチにあったボトルをつかみ、ゴクゴク聞こえるかのように喉仏を豪快に動かす。
視線の先は、既にコート内。
バスケが大好きって感じの横顔に好感がもてた。その後、奇跡的にspanky’sは得点をあげ続け、二勝目をもぎ取った。
上沼さんが離れた所からシュートを続けざまに決め、ディフェンスが崩れたところに、門脇さんが切り込み、ボールをヒョイとネットに置く感じでシュートをきめる。
いいコンビネーションの二人。
それもそのはず、帰りの車中で判明したことだけど、上沼さんは門脇さんの大学時代のバスケ部同期。
長い付き合いなのだそうだ。
「にしても、あいつ、来週の試合、欠場だろうな。」
「・・だとすると、フォワードは誰が?」
優紀が心配そうに尋ねる。
「う~む。
上っちをPF(パワーフォワード)にして、泉さんが前に出るっていうのが順当なんだろうけど、正直、俺もわからん。
コーチとキャプテンに任せてるし。」
「今日の試合、勝てただけでも凄いよ。
ね?つくし、どうだった?」
「私は動いてもいないのに、つられて汗出まくり・・・ハハッ・・・運動したって感じ。
勝って、気分爽快だよ。
機会があったら、いつでも呼んでね。
ルールの勉強しておこうかな。」
優紀と門脇さんは顔を見合わせ、一呼吸の後、合わせたように二人の声が重なる。
「つくし、」
「つくしちゃん、」
「ふん?」
「あのさ、つくしさえ良かったら、これからも手伝ってもらえない?
私、今年は教育実習があるでしょ。
来れなくなる日が多くなると思うから、どうしようか困ってたの。
つくしが手伝ってくれたら、嬉しい。
前より時間に余裕が出てきたみたいだし、道明寺さんが居ない間のひまつぶしになるかもしれないよ。
考えてみてくれない?」
ひまつぶし・・・って、それほど暇じゃないのを知ってるくせ誘うのは、最近、凹みがちな私への気遣いなんだと思う。
「そうそう、さっきの打ち上げでもすっかり溶け込んでたし、つくしちゃんならメンバー全員ウェルカムだからさ。
今日の試合で、捻挫した奴いただろ?
あいつなんて、つくしちゃんの愛情テーピングが効いた!って喜んでたし。」
「ええっ?私の愛情・・・//?」
「お陰で、チームが勝った・・・つくしちゃんに感謝。
あいつ、俺の大学からの連れで、上沼っていうんだ。
女の子のこと口に出すやつじゃないんだけど、嬉しそうに話してたわ。」
「そんなつもりは・・・。」
「そうよ、つくしには立派な彼氏がいるんだから、そこはちゃんと言っておいてね。
「わかってるって。
相手の名前は伏せて、“彼氏ありの子”って紹介してるから。」
「もう~何かあったら、道明寺さんに私が顔向けできなくなるんだからお願いよ。」
運転中の彼氏を、助手席から睨みつける優紀。
「あははっ・・・信じて、優紀ちゃん。」私がバスケのマネージャーに?
>
確かに、今はパパの給料も安定してるし、学費は道明寺が払ってくれて、以前ほどバイトに明け暮れる必要もない。
すごく楽しかったし、また来たいと思うけど、マネージャーって、そんな余裕は・・・。
明るい体育館に響いたホイッスルの音、靴がキュキュッて鳴り響く音。
それから、ボールがバウンドしてゴールに当たる音、ドッと沸き上がる声援。
その場にいなけりゃ伝わらない一体感は、元気をくれて、気分が高揚した。
一生懸命プレーする選手達、汗かいて、ゴールがきまると一緒に飛び上がって喜んで、負けそうだと一緒にハラハラして・・・すっごく純粋に心が揺れた。
血が熱くなるっていうか、すぐ近くで応援するのって、力が出てくる。
「つくしって高校生らしい時間、たとえばクラブ活動とか全くしなかったでしょ。
青春、まだ終わってないよ。」
「青春・・・?」
何かが心にピンっと引っかかった。
強烈に心惹かれたのは、その響きがもつひときわ輝くイメージを感じたから。
ずっと羨ましく思ってた、でも、違う世界だと諦めていた。
まだ渇望感が残っていたことに、自分でもビックリする。
かけがえのない・一度きりの・・・そんな前置きが浮かぶ言葉。
やってみようかな。
「今日のお礼、小麦粉セットだけど、後ろに積んでるから持って帰ってね。」
会社で手に入ったものをくれると言う。
「うちのメンバーには、金物屋とか化粧品会社の奴もいるし、たまに物品サービスできるかもしれないから。
どう?やってみない?バイト料にはかなわないけど。」
うちの経済事情を知っていて、配慮してくれてるんだ。
「そんな・・・お礼なんて、大丈夫ですから。」
「じゃ、OKってこと?」
「えっ、まあ・・・はい・・、よろしくお願いします。」そんなわけで、予想外な展開になり、私はspanky'sのクラブ・マネージャーをすることになった。
前に座る二人は、次回の試合で、上沼さんの代わりに誰が出るかの話で盛り上がってる。
その時、私の頭に浮かんでいたのは、頼りになる(かもしれない)助っ人のこと。
バスケと助っ人・・・その2ワードから思い浮かぶのは花沢類しか居ないでしょう。
昔の思い出が鮮やかに蘇る。
あのミニゲームは、退学をかけた真剣なもので、私にとっては、ゲームなんてカタカナ文字は似合わない大事件の大事件だった。
いつも寝てて、運動なんてしてないくせに、何故に上手い?と超不思議だったけど、私を誠実に助けてくれた恩人に変わりない。
「俺が時間をとめてやる。」なんて言って、格好良かったな。
忘れもしない3on3。
和也君と類と私、ド緊張なのは私一人だけで、楽しかったなんて感想をもらす男達には、後で拍子抜けした。
もしかして、上沼さんの代わりに出場してくれるかも・・・花沢類なら。
『誘ってみよう。』
引き受けると同時に、あてにする私がいた。
つづく -
happyeverafter01 1.
英徳大学。
そのブランド力は沖縄から北海道まで知れ渡り、大学から内部生とほぼ同人数を新たに募集するが、入試合格レベルはとても高く、英徳ゼミやら英徳アカデミーで猛勉強した高校生でさえ、多くが涙を飲むことで知られてる。
高校時代、巨大な塊りに思えた学び舎も、はっきり言って、大学が抱える付属の一部でしかなく、大学施設はひたすら広い、知らない場所がまだまだある。
キャンパスは最新設備が整った5つの校舎、ゆったり設けられた通路や憩いスペース、そして、シンボル的存在の講堂で成り立ち、蔦がからまる講堂は都指定文化財だ。
ヨーロッパの有名な教会を模して作られ、童話に出てきそうな雰囲気ある外観、柄にも無く、王子様がお姫様に求愛する場面を連想するのは、大半の女子学生と同じだと思う。
他にも大学施設はいくつか近郊に点在するけれど、これがある限り、英徳ここにありって風格が漂ってくる。
そんな大学キャンパスは、近くて遠い存在で、あそこは勉学に勤しむ大人の世界なんだろうなーってずっと思ってた。
そう、まさか、私がお世話になるとは思ってなかった頃のこと。「ちょっと、ちょっと、つっきー、貴方達も大変よね。」
ヒールをカツカツ鳴らして近づいてきたのは、ますます香水の量を増やして、女くさくなった浅井。
その後ろには、いつもの顔ぶれ、ジャラジャラ飾りをつけた鮎原と山野。
全く、あんたら勉強するつもりあんの?
「厚木基地で見つけたんだけど、きっとツッキー、知らないと思ったから、持ってきて差し上げたわよ!」
「何をよ。」
「これよ、これ!
道明寺さんのお相手、ミス・コネチカットらしいわよ。」
どこか嬉しそうに目を輝かせながら、英字ばかりの新聞に掲載された記事を見開きで押し付けてくる。
「コネチカット州議員の娘だって~。
ツッキーが側に居ないからって、お遊びがすぎるわよね。」
ホント、ホント・・・と頷く後ろの二人のうち一人が口を開く。
「道明寺さんだって、お若いんですもの。
あの経済力と容姿なんだから、目をつぶって差し上げないと~。」
三人の視線が、面白そうにじっとり向かってくる。
「余計なお世話。
あんた達こそ、外人と遊んでばかりいないで勉強したら?
ハーフの子が生まれちゃって、ごまかせなくなっちゃうよ!」
案の定、浅井はふくれっ面になり、小言を残し去って行った。記事に目をやると、薔薇のような美女とキリリと前方を見つめるタキシード姿の道明寺。
その手は美女の腰に回され、どうやらパーティーのエスコート中らしい。
『何よ、マスコミに微笑んでやればよかったのに。
どうせなら・・・。』
去年の11月、道明寺がアメリカへ渡った原因ともなった道明寺の父親が突然なくなった。
もとの病気とは直接関係ない、ストレスによる急性心筋梗塞だった。
命に別状ない状況下では、ビジネススクール優先のスケジュールで済んでいたのに、そうなっては話が変わり、一日の大半を会社で過ごす。
グループ各分野から送られてくる業績データを分析・把握し、第一線の教育係とディベートを繰り返す練習の日々。
極めて実践的で効果的に、MBAを取得するより早く、知識とビジネス・スキルを身につけられるんだろうけども。
不十分な準備のままいきなり戦場に送られ、鬼軍曹にしごかれる一兵は、あいにくのサラブレットで、否応なく特別プログラムにはめ込まれ、あらん限りの近道を使い、一人前の兵士、さらには上級職へと改造される。
特別な環境で、道明寺のために施される手厚い教育。
現場から集められたベテラン・スタップだって何十人いるんだか。
道明寺グループを継ぐ意志を固めた限り、そりゃ、いつかは出会っていた人たちばかりなんだろうけど、注目はプレッシャーにすり替わる。
影のようにつかみどころなく、変幻自在で怖い。
マスコミだって、放っておかない。
「道明寺グループのアピールだ!」
以前、道明寺が電話で言ってた。
今回のパーティーもそうなんだろうけど、「こんな時こそ、うちは健在だってアピールしなきゃね、頑張ってよ!」みたいに言って、恋人なら励ますところだと思うし、その気がないわけじゃない。
でもさ、誰に向かって、どんな風にアピールするのかわからないまま言葉にするなんて、正直苦手なの。
大企業にとっちゃ大事な仕事なんだよね?
安穏な日本、それも壁に守られた英徳の大学生である限り、道明寺の世界に現実感を感じろって方がムリでしょう。
道明寺だって、それを私に望んでるわけじゃない。
思いは、力なくぶら下がったまま後ろへ後ろへ流されていく。
だから、私は黙って見ていて、たまにかかってくる電話を待っている。空には真っ白い雲が浮かび、太陽が顔を見せている。
桜はとうの昔に散り、大学は一斉に若草色に染まった。
高校あがりの新入生達が、わき目もふらず歩いてるのが懐かしくて、改めて二回生になったことを実感しながら、一年前を振り返る。
去年は私もああだったんだろな~。
え?いや、ちがった、あっという間に馴染んだな。
入学早々F3から声かけられ、結構な注目を浴びつつ、すぐにカフェに拉致られ、主要教室まではドアまで付いて来られ、いつの間にか、そのへんのベンチで大声で話しこんだりするようになった。
でも、道明寺の手前、サークルやクラブに入らず、勉強とお稽古漬けだし、やってる事はそう大して高校時代と変わんないんだけど。
あき時間を確認すると、テキストを胸に抱え、銀杏の木を通りすぎ、中道を抜ける。
古い建物のドアを開け、そのまま突っ切って、向こう側へ出る。
そして、右側に設置された非常階段をカンカンカンと上がって、誰も使わない中2階で手すりに背を向け腰を下ろした。
風が通るこの場所が好き。
高校の非常階段には、やっぱり行きにくくて、代わりに見つけたのがここ。
空を見上げて、溜息をついた。
『この空、NYと繋がってるんだよね・・・そっちも同じように見える?
あっちは夜だっけ、オフィスの窓から星なんて見ることあんのかな。
約束まで、あと2年・・・やっぱり、長いよ。』カンカンカンカン・・・
軽く響く音。
階段を上がってくる音がしたと思ったら、ポケットに両手を突っ込んだまま顔を見せる馴染みの人。
「・・・っす。」
「うん、おっス。」
「いると思った。」
「天気いいもんね、今日は~。」
「それもあるかもしんないけど、なんとなくさ。」
ジロリと見上げると、ニコリと微笑む類の笑顔とかち合う。
こうして微笑む類を見ると安心するんだ。
だって、鈍感女と言われ続けた私の初恋の人だよ!
普通、初恋って遅くても小学生で終わってるもんじゃないの?
セメダイン級に固く閉じてた恋心をたたき割って、こじ開けた人だもん、効果絶大な何かを持ってる人なんだから、当然、特別だ。
でも、もう以前のようにドギマギすることはなくなった。
私の初恋は終わって、眠りにつく子狐のように平和な顔を見せる。
『この人の笑顔が見れたら、私は大丈夫だ。』っていうのは、一生解かれることないオマジナイなんだと思ってる。
「あれ?これ、牧野が買ってきたの?」
「さっき貰った。」
例のアメリカのスポーツ新聞を手に取る類に、先に言っておくのを忘れない。
「浅井達、ひつっこいのよ、まったく。
いまだにネチネチ言ってくるんだから、成長しろって。
誰が今さら、そんなゴシップ記事に惑わされるかってもんよ!」
「ふぅ~ん、司、外交も頑張ってるじゃん。」
「そ、色々とね。
でもさ、どうせなら、愛想笑いくらい出来なかったのかなぁ。
こ~んな難しい顔しちゃって、道明寺グループ余裕無しか!?って書かれても文句言えないね。」
風にゆれる広葉樹に聞こえるように文句を吐き出した。
「ックス、司、ホント、難しい顔してる。」
「でっしょ?!」
「・・・そうだ、牧野、2年進級おめでと。」
「いきなり何?
え?う・・うん、ありがと。
類だって、3年生になったじゃない。」
「うん、だから、牧野からも言ってよ。」
「は?そりゃ、進級おめ・・でと。」
「サンキュ。
やったね、俺達。
ふわ~ぁ、とうとう、俺も3年になっちまったなあ~。」
長い手足を伸ばして、あくびをしながら言う。
「ね、お祝いしよっか?」
「お祝い?」
「今日のランチ、奢るよ。」
「だから、そういうの・・・。」
「牧野も俺に奢るの、それで文句ないでしょ?」
「学食でいい?」
「俺はどこでも。」
「ならいいよ。」
「よし、それでdoneね。」
何を言うやら、でも嬉しそうに笑ってくれるから和んでしまう。
「じゃ、そろそろ授業行ってこよっかな。」
「何の?」
「社経Ⅰ」
「基礎か・・・先生誰?」
「溝口だよ。」
「んじゃ、一緒に俺も出る。」
「ええええーっ?
類はもう履修したでしょうが。」
「いいの、いいの、たまには気晴らし。」
「気晴らしって、類にいったい、何の気晴らしが必要なの?」
ギロリとにらまれたと思ったら、サッと立ち上がり、手を差し出す類。
「ハイ!」
「・・・。」
「ホラ、早く!先に行っちゃうよ!」
その手を掴んだとたん、クイッと持ち上げられて前のめりになる。
「軽っ!牧野、痩せた?
ちゃんと食わなきゃ、一番に胸から痩せてくって聞くよ。」
「なっ!?//もう、うっせー、類!
そういうこと教えるのは、西門さん?そうでしょう?」
「忘れた。
兎に角、メニュー決定、A定食の特盛りね。」
微笑む口元から白い歯がのぞき、陽光を浴びた薄茶の瞳が私のために笑ってくれる。
そして、さりげない優しさにどれだけ救われてるのか、これからも、多分、ずっとこんな感じかな。「牧野、これ、捨てとくよ。」
校舎へ向かう途中にあるゴミ箱にポンと投げ込まれたのは、卒業証書のように小さく丸められ、真っ二つに折られた英字新聞だった。
確かに新聞を触ってたけど、いつの間に小さくたたんでいたんだろ。
そう言えば、類って手先が器用だったよな。
寝てばっかなとこも、こんな風に誘ってくれるとこも、高校の時と同じ。
ねえ、私達はどこか成長できたかな?
つづく